

どこまで行っても岸にたどり着けない
果てしない海や、激しい嵐に襲われた荒海を
想い起させます。
確かに人は苦しみのただ中にある時、
いつまでもこの苦しみは
消えないのではないかと
不安になります。
また、あまりに激しい苦痛は、
生きる力を奪いとってしまうことさえ
あるかもしれません。
親鸞もまた様々な戦乱や飢饉に遭遇し、
そのような出来事に翻弄されながら
生きざるをえませんでした。
人生を「難度海」と書きとどめた親鸞は、
そのような事柄を身近に経験し
自分の体験として重ねる中で、
真摯に人間のあり方、
自己の生き方を見つめていたのです。
大谷大学著抜粋
難思の弘誓
人間の思いはからいを超えて、
あらゆる者を救済しようと
はたらきつづける誓いです。
大船
阿弥陀仏の本願

謝の漢字の成り立ちを調べてみると、
謝は「言」と「射」でできています。
「射」は矢を放つことであり、
その結果、弓の緊張が解けることを
意味するのですね。
言葉に出すことにより、
心の緊張が解けること。
ということは、「感謝」とは、
物事に接して、深く心が動いたことに対して、言葉を射る=発するということです。
感謝はする方もされる方も
心がほぐれるんですね![]()
先祖供養というと
何をしていいのか?
迷う方もいらっしゃると思いますが
心を届ける
それだけなんですよね
なので
ただ、お水やお茶ご飯など
お供え物をして
慌ただしく手を合わせて
義務感でやっても
きっとご先祖は喜ばないのではないでしょうか
たとえば
子どもに食べ物やお金だけ与えて
じゃあね、では
心は満たされませんよね![]()
質素な食事でも
笑いあって、時には抱きしめて
心を満たせば
お腹も満たされますよね![]()
自分がご先祖になったら?
と考えてみると
実感すると思います![]()
子孫が笑顔で感謝の心を
届けてくれたら
こんなに嬉しいことはありませんよね![]()

ご先祖供養のことを書いた
過去記事がありましたので
よかったらご参考にされてください
https://ameblo.mom/kkshm125/entry-12862399107.html
最近ご縁あった
こちらのブログにも
分かりやすく書かれてますので
ご覧ください![]()
https://ameblo.mom/superh100/entry-12863213070.html
今日は父の命日だったので








