体は真っ白。全身が産毛で覆われている。長くふさふさとした触角は、もはや耳にしか見えない。
―何かに似ている―とタクトは思った。ふと頭に映像が浮かぶ。
―そうだ、モモンガだ―
波都国(はとこく)はモモンガを国を代表する動物にしていて、モモンガのイラストや写真の入ったグッズはよく見かけた。中には白いモモンガもいたはずだ。それに似ているのである。
ほとんど動かないのでそっと手の平にのせると、何心なくそこにとどまっている。ひんやりとして柔らかい。真っ黒い大きな目に見つめられている気がした。
「レイラさん、セルウィンさん」
幼虫の仕分けに熱心な2人に話しかける。ガクも目線を上げてタクトの手の上をじっと見つめた。
「うわあ、可愛い!」
「カイコの成虫であるな」
ガクが嬌声を上げ、セルウィンは淡々と説明する。
「一足早く羽化した個体があったのか。悪いが、そのまま潰してくれないか」
レイラが少しだけ気まずそうな顔をして言った。
「えっ」
タクトとガクは、ほぼ同時に声をあげる。
「潰すんですか?」
「えー、こんなに可愛いのに」
「どうせそのままにしても長くは生きられないぞ。成虫の寿命はせいぜい10日だ」
「知ってる。何も食べないんだもんね。花の蜜とか吸えばいいのにな」
レイラの説明に、ガクが応じる。
「あと、右の羽よく見ろ。縮れてるだろ。羽化不全だ」
言われてタクトが確認すると、右の羽の端が丸まっていた。バランスが悪く、動きにくそうである。
「分かりました。やります。でもなるべく姿を見たくないな…。何か包むもの、ありますか」
「それでしたら、これを」
白髪の老人が、白い紙を差し出した。厚みのある和紙のようだ。そこにカイコをそっとのせる。部屋の片隅にタクトは座り込んだ。
「南無三!」
タクトは小声で呟き、グローブを当てて潰す。手応えは弱い。紙の折り目から覗き込むと、白い羽はばらばらになっていた。心の奥がちくりと痛む。
「終わったの?」
ガクは首だけ動かして、タクトの様子を窺う。
「ああ」
「なんか念仏唱えてなかった?たまに変なところ出るよね、兄ちゃん」
同じ頃、クリスと文子は焼却炉に薪を足しながら火を見つめていた。
「なんか可哀想やな」
「優しいんだね。まあ、卵も1齢幼虫も少なかったから」
「もし、孵化して逃げたらどないなるん?」
「間違いなく、鳥の餌だろうね」
ピピ、とクリスの背後で小鳥が鳴いた。
〈おまけ〉
息子が幼稚園の時、農家さんから預かったカイコの幼虫を2匹、繭になるまでそだてたことがありました。
とはいってもすでに5齢幼虫で、預かったのは1週間だけだったのですが。
大きめのをジャイアン小さめのをのび太、と名前をつけて飼っているとのび太はやがて死んでしまいました。よくあることだそうです。諸行無常を感じました。
やがてジャイアンは繭になり、一生懸命糸を吐いている姿を見届けてから幼稚園にお返し。
この後羽化するのまで待つのか聞いてみると、「そうです。あ、そこに羽化したのいますよ」と返事。
教室の机に並べてあるプラスチックケースを見ると。
こんな感じのがいました。
「うわああああ可愛い何これ可愛い」とほぼ語彙を喪失し大騒ぎした私。もともと昆虫好きだからほとんどの昆虫を可愛いと思うのですが、これはけた違いです。
なんですかこの真っ白のモフモフの生き物は。触覚耳みたいだし、目はクリクリと大きいし。タクトも思ったようにモモンガそっくりと感じました。おそらく、昆虫に興味ない人も可愛いと思うはず。だって、この体で手のひらに余裕でおさまるほど小さいのですよ。
ただ、その後すぐ相手を見つけて交尾していました。卵を産むとやがて死ぬそうです。昆虫の命ってはかないよね、と周りのママさんも話していました。南無阿弥陀仏。
「インセクト・パラダイス」は完全フィクションの小説です。
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