*ともみんちへようこそ*
こんにちは
ともみんです。
あけましておめでとう⛩ございます。
お正月も
あっという間にかけていきました。
ここにいる0歳から17歳の
共通点は
仏壇の中にいる先祖、
“高祖父母”が同じ。
つまりー
おじいちゃんのおじいちゃんおばあちゃんが
同じということ。
4代遡り、1点で交わる。
お正月、さまざまなタイミングが合い、
初めて顔を合わせた子どもたち。
おじいちゃんおばあちゃんは
どんな顔して
この景色を見ていただろう。
おじいちゃんおばあちゃんがいた頃は
「家が繋がる」ということだけを
ただただ望んだ時代ー
家が繋がれば安泰ー
“生まれて育って、次にバトンを渡すこと”が
当たり前ではなかったからこそ、
そこを
強く願い望んだ時代だったのだろう。
何ができるとか
人より優れるとか
稼げるとか…
そんなことよりも
成人して、結婚して、次の世代を産み育て、
次に繋げることがまず
大切だとされた時代。
その時代を生きていた先祖は
この賑やかな集いを
大いによろこんでくれていると
思ったし、
子どもたちを並べ、
撮影しているわたしたち自身も
いい先祖孝行しているなぁ、と
気分の良さを感じた。
そして、まわりにいた叔父さんたちも
とってとうれしそうで
“ひとりからここまで増えたんやなぁ”と
目を細めていた。
仏壇に向かい、
子孫がどんなに立派になっているか?なんて
自己紹介しなくても
ただここにいる
ここにいる姿を
見せること
それだけで
自慢げに誇らしく感じているー
ということは、
これが
答えたんだと思う。
そう、これが答え。
現代では
赤ちゃんが生まれ、成人することが
当たり前、のような感覚がある。
だから、
何をしているか、どれだけ学をつけ、
どんな職に就き、どれほどの富を得ているか、
が
とてもとても大事で
自分自身の価値とそれらをべったりくっつける。
人と比べ、
徳つむのではなく、得を得て…
成り上がるー
何かを成さなければ
と、
自分のことも
子どものこともそんな風に思う。
だけど、
いつも心の土台に置いておきたい、
それは
生まれ、いのちがつながり、今に至る、
それが
先祖の1番の望みで
それだけで
万々歳なんだってこと。
なぜこの田舎の長男たちは
こんなにも自己肯定感が高く、
自分がつよいのか?と
思っていたけれど
きっとー
田舎の長男たちは
常に
「生まれてきてくれてありがとう」と
祖父母から尊ばれ、
また、
父母の
「生まれてきてくれて本当によかった」という
安堵感を感じながら
育ったからではないかと思う。
自己肯定感とは
「何者かになる前に、
すでに歓迎されていたという感覚」なのだ。
子どもが滅多に死なない世の中だからこそ、
あれもこれも身につけて、
富を得られるようにと
子どもに望み、
あれこれ与えて、
人並み以上になるようにと
願いをのせるー
その時点で
薄まってしまう
“生まれてきてくれてありがとう”という
本当の1番の基本のきもち。
あれとこれもと
思えるくらい、恵まれた豊かな中にいるから
失われる自己肯定の感覚は
あるのだろう。
皮肉なものだ。
ただ生まれてきたこと、
産み育て、繋げること以上の
先祖孝行はない。
そんな風に親が
思う時ー
その思いは
子どもたちにも伝わると思う。
この1シーンは
大きな意味で
わたしたちの根源。
ここで抱いた思いを
こころに焼き付けて、
いつも思い出しながら
過ごしたいなぁとおもう。
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