【2025】うまくいかなかった2025年を振り返って、気づいたこと | 5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子と、“ツレウツ”な夫と、わたし。
心の揺れ、葛藤、理想、よろこび――日常にあふれる、言葉にならない思いたちを、まるごとメモしています。
整ってないけど、うそはない。生まれたての気持ちを、そのままここに置いています。


*ともみんちへようこそ*


ここは、わたしの人生のメモ帳です。
5人の子どもたちと夫との暮らし。
日々の揺れ、違和感、気づき。
ことばにならないまま過ぎていく瞬間を
徒然なるままに。

真っ直ぐに
浮かんだまま、鮮度を保ったまま
記録することが目標です。


こんにちは


ともみんです。




2025年もあとわずかでおわる。


わたしにとっては

激動の1年だった。



結婚して自分の家庭を築きはじめて

これほど

居心地が悪く、

しんどかった年はない。





毎日、つらかった。



毎日、つらかった。




つらかったなぁ。



そりゃあ、

いい日もあった。

ホッとする日もあった。

楽しい日もあった。



でも、



そんな時間も


まるで嘘で固めた

砂のお城のようで…




こころから

よろこび、

リラックスできることは

なかったように思う。




この感覚を抜けるために

一生懸命になりたくても

何をどうしたらいいのか

わからなかったし、



動いても

空振りばかり。



余裕がないからこそ、

焦ったり、

判断をミスって余計なこともした。



それは

今日まで続いている。





あたらしいいのちをむかえたー

それだけで

素晴らしい年であるはずなのに




“何ひとつ、成してない”


と、いう気持ちにもなる。



一体、どうなっているのか。



悲しみと

罪悪感と

虚しさが



いつも居座っている。




そんな毎日を過ごし、



終わりよければ

すべてよし!



と、

思えるかなぁと



淡い期待を抱いていたけれど



12月31日の夜になって、

振り返ってみればみるほど




悲しみが

押し寄せて…



なんなんだこれは。




そんな気持ちのまま



下2人を寝かせて

夫と




大晦日詣へ。



追いかけて…

次男、長女が

やってきた。




夜、



いつもなら

車で通り過ぎる道を

歩いた。




いつも大渋滞に

イライラするその道は

車はほとんどいなくて

静かだった。




“日常から離れる”



それが

自分の空虚感を満たしてくれた。




1年間、

ずっと

満たされなかったのは




“自分である”という

時間の不足感だったのかもしれない。



誰かのために

時間を使い、

エネルギーを使って、

いつも誰かを気にして、

いつも次の手を考えて…



追われるばかりの

毎日。



その中で

“自分自身である”という感覚を

持てずにいたんだと思う。




2024年、

お腹に赤ちゃんが宿り、

大反対されたまま迎えた2025年。




子どもたちに

“赤ちゃんが生まれることを

受け入れてもらいたい”と思い、



認めてもらえるように

時間を過ごした。



産んでよかったーと

思えるように…



手を尽くそうとした。



“だから産んでほしくなかった”と

言われないようにー



言われないようにー



子どもたちに気を使い、


自分を押し殺し、

我慢し、

耐えることを選んだ1年だった。




自分を

ないことにして



過ごしていたんだなと



夜道を

歩き、



星空を見ながら



思った。




詫び、許しを乞う毎日ではなく、

来年は

わたしを生きよう。




懺悔の毎日ではなく、

わたしを

よろこばせるために

毎日をすごそう。




お母さんとしてではなく、

ひとりの

人間として



自分の道を

選んでみよう。




ずーっと消えることのなかった

悲しみと

罪悪感と

虚しさー



それはー

自分を蔑ろにした悲しみ。



十字架を背負わせ、

あえて罪悪感を

持つことで

許してもらおうとしていたのだ。



認めてもらえるようにと

子どもたちに尽くしても

つくしても

満たされなかった虚しさ。



1年かけてー
わたしを殺し続けた1年。


それが令和7年の1年だった。



大晦日詣、
夫とわたしを追いかけてきた
次男と長女。





出かけている間に、
三女が起きてしまった…


それを
30分近く
あやしてくれていた長男。

帰宅したとき、
長男は


怒らなかった。


大変やったわ、と
笑っていた。


誰も
わたしのことを
恨んでいなかった。


いつのまにか
三女は
みんなにとって
家族になっていて、


知らぬ間に
子どもたちは
妹として
迎え入れていたのに


子どもたちのことを
信じられなかっただけだったのかも
しれない。


三女が
生まれて


わたしだけが

不幸になったまま


だったのかな。


1年

何やっていたんだろ。


信じることー


それが
2026年の課題だな。











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