【記録】わたしの中のおばあちゃんの話 | 5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子どもと夫とわたしの日常。喜怒哀楽揺れる日々、言葉にならない思いを徒然なるままに。

5人の子と、“ツレウツ”な夫と、わたし。
心の揺れ、葛藤、理想、よろこび――日常にあふれる、言葉にならない思いたちを、まるごとメモしています。
整ってないけど、うそはない。生まれたての気持ちを、そのままここに置いています。



*ともみんちへようこそ*


ここは、わたしの人生のメモ帳です。
5人の子どもたちと夫との暮らし。
日々の揺れ、違和感、気づき。
ことばにならないまま過ぎていく瞬間を
徒然なるままに。

真っ直ぐに
浮かんだまま、鮮度を保ったまま
記録することが目標です。


こんにちは


ともみんです。



先日、他界した祖母。




祖母と一緒に暮らしたことはなく、

祖母のことを深く考えることもなかった。



だからこそ、

祖母とのことを立ち止まり、振り返ることもなかったし、

時間と共に忘れている記憶の方が多いかもしれない。



最後にお見舞いにいったことがきっかけとなり、



わたしの中にある

祖母の記憶を

辿ってみたくなった。



“わたしの中のおばあちゃん”




小学生までは

母に連れられて行ったおばあちゃんの家、




中学、高校、大学生の頃は

ふらっと会いに行き、数泊して

一緒に過ごした。




おばあちゃんは

孫のわたし相手に

愚痴や恨みつらみばかり。





そんな話を聞かされていたら

うんざりしそうなのに





なぜか

おばあちゃんの愚痴恨み辛みを吐く姿は

可愛くて、


聞くのが嫌じゃなかった。





いつだったか…


「もう我慢できやん!」と言って

と電話をかけてきたことがある。




内容もすっかり忘れたけど


孫に

愚痴電話できるって


可愛い人だなぁと思う。





大笑いすることもない。

明るくない。

ネガティブでいつも被害者っぽくて

“わたしは不幸”と嘆いてばかりで…

人を冷めた目で見ているような雰囲気。





70の頃から

“早くお迎え来てほしい”と言っていたのは

懐かしい思い出。

(そこから23年も生きた!)




“死にたいは生きたいの裏返し!”

“死にたいはしあわせな人にしか言えないセリフ!”



と、

その度におばあちゃんに返した、

偉そうな孫。





そんなわたしのセリフに

笑っていたおばあちゃん。





でも、

絶対に

その環境から逃げなかった。





口から出るのは不満なのに

態度ではそんなそぶりも見せず、

その環境を生き抜いて93年。





素直にそのままの気持ちを

出せた人だったんだろう。






だから、

病気にもならず、長生きしちゃったんだろうな。






いつも後ろ向き、

感謝の言葉よりも不満や愚痴。




めちゃくちゃ料理がうまいとか

よく遊んでくれた、

めちゃくちゃ優しくてなんでも受け止めてくれた〜

のような、

「おばあちゃんと言えば?」と

おばあちゃんの象徴となるような

素敵な言葉は

どれもあてはまらない。





特技みたいなものもなく、

おばあちゃん自身も

そういうものを求めてもいなかった。




自分の手柄を語ることもなかった。






でも、

それが

わたしにとっては




おばあちゃんらしさで

好きなところ。





取り繕わず、

そのままで、等身大で生きる、

それが

何よりもすごいなぁって

今は思う。





弱った姿、枯れていく姿をも

見せてくれてありがとう。





お見舞いに行った日、

何かを話そうとしていたおばあちゃん。

もう、力がなくて

声にはならなかった。




「もうこんなんになってしもて、あかんわー」

って

嘆いていたはず。





嘆いたら

「大好きな学校よりも

おばあちゃんに会うことを優先してくれるひ孫がいて

しあわせやん!!」と




言ってやろうと思っていたのに




この時は

「おばあちゃん、ありがとね」としか

言えなかったなぁ。





お見舞いの翌日、

旅立ったおばあちゃん。



葬儀で見た光景ー

そこで見た皆の表情、

集った面々、

そして、母や兄弟との会話を通して自分の人生で「何かを残したと。


おばあちゃんの生きた意味が

わたしの中で

言葉になった。




なぜ

愚痴を言いたくなるくらい

辛いことが多い人生だったのか、



その謎が解けた時

心の奥底から湧き上がる感謝と

敬意があった。




つづく。



葬儀を終えて、今は



感謝と敬意が

100倍近くに。






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