【ありがとうを伝えたい人がいるということ】
先日、「実家の隣に」住むおじいちゃんが亡くなりました。
直接の血縁関係はありません。
101歳!今年のお正月はおじいちゃんの隣に座って
一緒にすき焼き食べました。
おじいちゃんが「肉ほしいわ」というので、
おじいちゃんのお皿にお肉を投入〜〜。
「お前!肉おっきすぎるわ‼️」とつっこまれた。
耳は聞こえにくくて(わたしが生まれた頃には難聴になっていた)
大きな声で話さないと伝わらない。
でも、
なんか可愛げがあって、
毎日、毎日畑や田んぼにでかけ、
できることを淡々としているイメージ。
100歳超えてもお肉食べて、
ビール飲んで、畑仕事して…。
わたしの友達の中にも「となりのじーちゃん」と一緒にご飯を食べた子がいます。
そんな垣根のない、血縁のないとなりのおじいちゃんでした。
家から実家までは高速を使って2時間。
訃報を知らせてくれた父は
「遠いし、平日やし来なくてもいいで」と言ったけれど、
わたしには「行かない」という選択肢はなかった。
子どもたちには
「実家の隣のじいちゃんが亡くなったけど、最後会いにいく?どうする?どっちでもいいけど!」
と聞いた。
「行きたい!だってじーちゃんの野菜いっぱいもらってうれしかったし、ありがとう伝えたいし!お見送りしてあげたいもん」
という。
娘はちょうどお泊まり保育の日。
「わたしはいけへんけど、じーちゃんに言いたいことあんねん。お母さん、代わりに言ってきてな」という。
夫までもー
「オレもいこかなぁ。おじいさんと一緒にビール飲んだしたなあ。一緒に農作業したもんなあ」と言う。
もう一度言うけれど
「おじいさん=妻の実家の隣に住むおじいちゃん」のこと。
子供や夫の気持ちがーすごくうれしかった。
「ありがとう」を伝えたいー。
そこには血の繋がりではなく、心の繋がりがたしかにあったんだなぁと思った。
そして、
わたしも子どもたちも「ありがとうを伝えたい」と
自然と思うほどに
じーちゃんに大事にしてもらい、
じーちゃんの生き方そのものから
言葉では表せられない多くのことを学んでいたんだと思う。
「ありがとう」を伝えたい!!
そう思う人がいるということは
それだけ、あいを注いでもらっている!ということでもある。
ありがとうを伝えたい!!
そう思う人がいるということはー
なんとしあわせなことなんだろう。
ありがとうー
言われる方もうれしいし、
言う方もすごーく満たされている
ありがとうという言葉。
いいなあ。
写真はー
わたしが名前ポエムを書き始めたとき、
そのおじいちゃんの白寿のお祝いにー書いたものです。3年前の作品。
心を病むイクメン →https://ameblo.mom/kirarelapoem/entry-12552727473.html


