令和元年から令和二年へ。
今年のしめくくりは…夫と2人でグランピングしてきました。
しずかにゆったりと過ごす時間。
子供がいないのだから、
極力、時間にとらわれず、自分の感覚に任せて過ごそうーと。
12年ぶりのふたり旅。
12年、干支が一周して、今、
12年前と同じ「ふたり」で過ごす時間。
同じ「ふたり」でも少し変わったところと、
変わらないところがあって。
12年分年月を重ね、お互いに、またともに幾多の経験をし、
今に至る。
1周まわって、「同じ」ではなく、
立ち位置は変化している感じ。
わたしにとってのこの1年は
↑このことに象徴されるように、
「一周してきた」1年
だったと思う。
「不足感」を感じ、「外」にいろいろなものを探しにいった。
「自分って何?」を探すために、「外」に出かけていった。
「しあわせ」を求めて、「外」へ外へと向かっていった。
でも、
今、それらを(自分の中で)一通り探し終えて、
行き着いたのは「ここ」だった。
行き着いた先は
「自分」の「今」であり、
「家、home」だった。
「今」ここに、もう十分あること、
自分は「今」ここにいるということ。
しあわせも「今」ここにあるということ。
【外にではなく、内にある】
「すきなこと」や「こう生きたい」という思いも、
今新たに発見したような感覚になっていましたが、
昔からずっと、ずっと
自分の内にあったということです。
いろんなものが1周まわり、
ここに還ってきたという感覚。
しかし、立ち位置は少し違う。
螺旋階段を行くように・・・。
上がっているのか、下がっているのかはわかんないけれど。
今朝、
自然の中に身を置いた時、思った。
前日と同じ場所に立っているのに、
目に飛び込んでくる景色や印象は全然違う。
前日は霧の中で、
世界は「モノトーン」に見えた。
白と黒、グレーの濃淡でできた、少しもやのかかった世界。
暗闇の頃には
空が賑やかで、地上がひっそりとしていた。
空には無数の星がきらめき、その光は小さな妖精が手を振っているようだった。
地上は静かに、静止しているようだった。
今朝は霧が晴れ…
賑やかな色合いを感じた。秋の名残と冬と、
そして春の足音も聞こえるような風景。
空は雲が流れ、ダイナミックに動いている。
また次の瞬間には
黒い雲がやってきて、雨。
刻一刻と変化する景色。
同じものなのに、違って見える。
同じ場所にいても
同じものは2度とない。
どの景色も「事実」であり、
「美しい」と思う。
人間だって同じなんじゃないかな。
いつだって
どんな状況でも「事実」であり、「美しい」瞬間なのだ。
「今」ある幸せを
その場その場で感じられていることが
しあわせなんだなあって思った。
これがわたしの2019ねんの締めくくり。
ご縁をいただきました皆様、本当にありがとうございました。
こんなことを綴りながらも
きっと、来年も右往左往しながら歩む日々だと思います。
でも、それがわたしです。
飛び石をぴょんぴょん渡るように・・・
一歩一歩進む先の景色を楽しみ、次の「石」を定めていきたいなーと思っております。
2020年、佳いお年をお迎えください。ご多幸をお祈りしてー。
ともみん。
火を見て描いた作品で締めくくります
心を病むイクメン →https://ameblo.mom/kirarelapoem/entry-12552727473.html












