こんばんは、石田知子です。
昨日、姫路城に行ってきました。
前日の雨で桜も散ってしまったと思っていましたが、満開ではないものの、
きれいに残っている桜もあり、お花見を楽しむことができました。
桜を見ると、思い出すことがあります。
夫は11月に亡くなったのですが、
その年の4月、造幣局の桜を一緒に見に行きました。
まだその頃は普通に働いていて、
いつも通りの生活をしていました。
二人で桜を見に行くのは珍しく、
でも私は途中でお腹が痛くなり、
慌ただしいお花見になったことを覚えています。
そして、夫が亡くなった次の年——
私は桜を見ることができませんでした。
桜を見ると、吐き気がしたのです。
最初は気づきませんでした。
でも、桜を見るたびに気持ち悪くなる。
そのとき、
自分が思っている以上に、
心が傷ついているのだと感じました。
普段は元気にしていて、
涙を流すこともなかったので、
平気なように思っていました。
けれど、心の奥では
泣いていたのだと思います。
当時は、訴訟のことなど、
いろいろな出来事が重なっていました。
夫の死とは別のことだと思っていましたが、
今振り返ると、やはりその悲しみが
想像以上に大きかったのだと感じます。
身体の反応として、
ようやく気づけた悲しみでした。
ただそのときは、
「ああ、そうなんだな」と思うことしかできず、
まだ不安と恐怖の中にいました。
死別して、半年ほどの頃でした。
何が正解かはわかりません。
でも今振り返って思うのは、
あのとき、
もっと自分の気持ちを吐き出せていたら
よかったのかもしれない、ということです。
その後、私が「紫陽花の会」を始めたのも、
吐き出すことの大切さを感じたからでした。
言葉にすること。
外に出すこと。
それだけで、
少し心が軽くなることもあります。
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今日も最後までお読みいただきありがとうございました(*^^*)




