ひとの名前の数だけ「幸せの型」がある。 | 感覚派の幸せ&文章講座

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繊細で感性豊かな人がいちばん幸せになれて、生かされる居場所を見つけることや育む言語化サポートもさせていただいています。


「バリキャリ」「ゆるキャリ」「専業主婦」。


ある女性誌によると、こんな分類があるみたいですね♪



それぞれによって、幸せ感も、ファッションの着こなしも違って


「おもしろいな~」といつも楽しんでいます。



でも、女性の幸せって、ほんとう人それぞれで。


その3分類に「ぴたっ」と当てはまる方もいれば、


当てはまらなくて、


自分は「バリバリ自立タイプ」なのか?


ほどよくバランスをとりながらの「ゆるキャリタイプ」なのか?


家庭がいちばんの「専業主婦タイプ」なのか?


ページをめくりながら


「幸せ」


について考える方もどこかにいらっしゃるんじゃないかと思います。




個人的には、


バリバリする日があって、


バッタリ(笑)する日があって、


コンスタントに少しづつの日があっての


3拍子(循環)がおもしろいなと感じているのですが。 (型にはまらず♪) 



結局は、ひとの名前の数だけ


「幸せの型」があって、


自分がわからないと(自分をわかっていないと)、


どれかに、何かに、分類したくなるんだろうな


と思います。




まず、「気づく」こと♪


自分の場合ですと、幸せの型がはっきりしているので


どんな型も「わ、それも楽しそう~♪」とか、


「それも新鮮だわ~」と


そのサンプルに出会う度とにかく楽しいのですが。



「自分の幸せ」に、自信がもてないときは


「ひと」の幸せの型を、それは「ダメよ~」とか、それも「ダメダメ」と


批判することで


安定しようとする本能が働くのだと思います。



「性格」ではなく、「本能」なのだと思います♪



だから、もし、ひとの幸せに対して


「ジャッジ」しているな~と気づいたら。


気づいた自分に〇をつけて、


自分にまで×をつけないよう、


気づいた自分から、出発する。


「自分の幸せ」に向かって、出発する♪




そうして、「自分の幸せ」を手にしていけば、


(いい意味で)ひとのことなんて気にならなくて。


自分が満たされていけば、


あとは


「こぼれる」ものだけで生きていける。




人生は、とてもシンプル。


幸せも、とてもシンプル。



でも、そこに気づくのに、


ひとのサンプルがいるのも事実で。


ひとは、ひとを通じてでしか学べないから、


どんどんひとと触れてサンプル+サンプル=シンプルになるように♪


削いだり足したり、掛けたり割ったりしながら


じぶんの幸せの方程式をみちびきだすことに


エネルギーを注いでいきたいですね。



目が、ひとの幸せに向いているときは


エネルギーも「外」にもれているもの。


自分の芽を大切に、


じぶんの内側を育むこと、じぶんにエネルギーを注ぐことを


忘れたくないですね。



世の中から、ひと(の幸せ)へのジャッジがなくなりますように。


色んな違いが、もっと「ただの個性」として手をつなぎあっていきますように。