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2003年10月26日。
今年と同じ日曜日だったらしい。
伯母が亡くなった翌日が通夜だった。
その前に一度父の実家へ行くことに。
家の前の町内掲示板に、伯母の訃報と葬儀の日程が貼ってあった。
1階は直前まで棺があったからスッキリしていた。
祖母は2階で寝ているという。
母が私と兄に「あんぱん持ってってあげて」と言って渡してきた。
祖母は伯母が亡くなったことを知らなかった。
少し痴呆も入ってきて理解が難しいというのもあれば、
自分より先に嫁が、と知ってしまうと落ち込んでそのまま…なんていう懸念もあったからだろう。
当然葬儀も参列はせず、ヘルパーさんが来たんだったかな。
だから私と兄は、祖母にはそのことを言わなかった。
制服姿の私達を見ても、特に何も言われなかった。
(当時私中2、兄高1)
祖母は介護が必要だったわりに食事は普通で、
あんぱんを持っていくと静かに食べ始めた。
少し話をして、時間が迫っていたのでその場を後にした。
この先、祖母がどんなに伯母を呼んでも来ないんだよなぁ、と切なさを抱きながら。
* * *
翌27日の告別式には忌引して参列。
伯母が亡くなって3日後の28日に学校に復帰した。
その日帰宅すると、在宅ワーカーの母がいなかった。
取引先に行くんで留守にすることはちょくちょくあったが、
いつもと違って雨戸がきっちり閉まっていた。
明かりを点けると、テーブルに置き手紙が。
「東京のおばあちゃんが危篤です」
中学生ながら危篤という言葉の意味は知っていた。
だからこそ、2日前に会ったばかりなのに?と驚きでいっぱいだった。
母は伯父からの報せを受けて父の実家へ向かったのだ。
しばらくすると、近くに住む母方の祖母から電話が。
母から連絡が行っていたらしく、亡くなったと教えられた。
その後帰宅した兄と母の実家で夕飯を食べさせてもらった。
母方の祖母が「この子達の祖父母は私だけになっちゃった」とぽつり。
こちらの祖父も私が生まれる10年前に亡くなっている。
遅くになって帰宅した両親から聞いた話。
この日、前日の火葬場での弁当が残っていたのを伯父が持ち帰っていて、
それを祖母に食べさせていたんだとか。
その途中、突然意識を失い救急搬送。
食事中だったことから喉に詰まらせたのか、と不安でいっぱいだったというが、
検視の結果は急性心不全。
最期に食べた好物の姫がんもが原因でなかったことはほっとしたという。
なお「検視」と書いたように、
自宅で亡くなっているため警察の介入があったそうな。
この影響と友引だったことから、通夜は翌々日となった。
母は父の実家で待機していて、その時に亡くなったと知らされたらしい。
その時にヘルパーさんが来たので、事情を話して帰ってもらったとか。
…それにしても、こんな続くかねぇ。
昨日葬儀が終わって、はーやれやれと落ち着いたばかりである。
まぁ似たような例はいくつかあって、義父の長兄の奥さんが亡くなって数週間後に長兄も亡くなったし、
先程登場した母方の祖母が亡くなる3ヶ月前には母の兄(伯父)が癌で亡くなっている。
それでも3日後て。
心配性な伯母が連れてったのかね、なんて言っていたが、
だからってこんなにも早く連れてくことはないだろうに。
そんな2003年10月28日のこと
今日は祖母の二十三回忌
* * *
◎この記事の元になったポスト
シリーズ「父の実家」その三
— でぶの鶴ちゃん (@karanwakaran) 2020年10月28日
三日後#からんコラム pic.twitter.com/OZo4KDiSrf
◎薄皮つぶあんパンよく食べてたね、と母
[ヤマザキパンのもっとおいしいスタンプ] https://line.me/S/sticker/31427817/?lang=ja&utm_source=gnsh_stickerDetail
◎同じ葛飾ですからねぇ
