以前X(Twitter)で手書きで書いたコラムを、
ブログに移植しようと思いつき書くことにしました。
数日かけて書きますけど正直暗いです。
* * *
現在78歳の父は東京下町生まれ。
少し詳しくいうと、墨田区生まれ葛飾区育ちである。
そのため父の実家は葛飾区にあり、
両親は結婚して数年は葛飾区に住んでいたので、今でも2人(兄もかな)の本籍地は葛飾である。
戸籍抄本取りに行くのめんどくさかったなー
子どもの頃、年に数回父の実家へ行くことがあった。
当時そこに住んでいたのは、
物静かで優しい祖母
礼儀正しい伯父(父の兄)
穏やかな伯母(伯父の妻)
よく遊んでくれた従兄(伯父の息子)
の4人だった。
祖父は私が生まれる前に他界しており、
訪問するとまずはお仏壇に、と手を合わせていた。
家は小さくて古い。
元々惣菜屋を営んでいたらしく、店だった部分がほぼ物置状態になっていた。
風呂はなく毎日近くの銭湯に通っていたらしい。
トイレは和式で裸電球がぶら下がっていたし、
2階のベランダも床が不安定だったのを覚えている。
ある年の夏に1度だけ兄と泊まりに行ったことがある。
伯父と伯母に連れられて、昔ながらの銭湯に行き、
伯母に牛乳をおごってもらった。
夜は祖母と布団を並べて、祖母がうちわを仰いでくれていた。
祖母は内向的な性格で、あまり外に出たがらない。
そんな様子であるから、介護が必要になるまでにそう時間を要さなかった。
中学に上がった後に訪れた際には、介護ベッドに寝たきりの状態だった。
そんな祖母を献身的に介護する伯母の姿が強く印象に残っている。
なぜならそれが、
私が最後に見た伯母の姿だったから。
伯母は元々大病を患っていて一時は寛解していたのだが、その後再発。
2003年10月25日の深夜、56歳で息を引き取った。
いつも笑顔で、怒ったところを見ないほどだった伯母。
通夜の日に顔を見たが、病気で別人のように変わり果ててしまった。
でもなぜか、笑顔だった。
今日は伯母の二十三回忌
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◎この記事の元になったポスト
シリーズ「父の実家」その一・懐かしい光景#からんコラム pic.twitter.com/4h4NVOXsGH
— でぶの鶴ちゃん (@karanwakaran) 2020年10月25日
◎後にも先にも銭湯はあれっきり
◎こないだ川口市の映像ミュージアム行ったら子どもの頃持ってたにこぷんのギターあって感動した
