シチリアと南イタリアの旅~モンレアーレ大聖堂 | 過去世からのメッセージ

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前世療法で見た過去世の話しを中心に綴っていきます

 

昼食後、バスはモンレアーレへ向かいまし
た。バスの中で現地ガイドさんの説明で、
モンレアーレ大聖堂はルッジェーロ2世の
孫が建てたもので、王様が狩りで山に来た
時に途中で眠ってしまい、夢の中に聖母
マリア様が出てきて、マリア様に言われた
ままその場所を掘ったら金銀財宝が出てき
て、お礼にその場所に大聖堂を作ったとあ
りました。

 

 

素晴らしく景色の良い場所に大聖堂はあり
ました。

 

 

アラゴン王フアン1世(ヨランド・ダラゴンの
父でシャルル7世の義理の祖父)は狩りと芸術
に夢中になってアラゴンの財政を傾け不真面目
王とあだ名を付けられてしまいますが、中世で
は狩りは王侯貴族のたしなみでもあったようで
す。

 

 

素晴らしいモザイク画、そして正面のキリ
ストのお顔はパラティーナ礼拝堂のものと
そっくりです。

 

 

周りの絵も素晴らしい、モザイク画なので
色あせることなく作られた当時の輝きがそ
のまま残っています。

 

 

聖書の物語も描かれています。

 

 

たくさんの聖人の絵もあります。

 

 

ルッジェーロ2世だけじゃない、孫のグリエ
ルモ2世の時代になってもパレルモの繁栄は
衰えることなく、高い技術と文化と財力が
あったのだと思いました。

 

 

『キリストに王冠を授かるグリエルモ2世』
の絵もありました。
 
初代シチリア王となったルッジェーロ2世
にはたくさんの息子がいました。特にタン
クレーディの父となった長男ルッジェーロ
3世に期待していたようですが、長男は庶
子のタンクレーディなどを残して父よりも
先に亡くなり、他の兄弟もルッジェーロ2世
より先に亡くなって末っ子のグリエルモ1世
が後継ぎとなります。
 
グリエルモ1世はイマイチであまり評判も
よくなくて早く亡くなり、幼いグリエルモ
2世が後継ぎとなります。父は評判がよく
なくて子供の時に後継ぎとなる、これはか
なり条件が悪いです。グリエルモ2世が子供
の頃、シチリア王国は乱れましたが、その
後がんばりました。立派な王様となり、祖
父ルッジェーロ2世に負けないくらい立派な
大聖堂を作ります。そしてそこには自分の
肖像画もあります。
 
グリエルモ2世は本当によく頑張りました。
頑張った自分を褒めてあげたいとキリスト
に戴冠されている自分の姿をモザイク画に
残しました。そして王妃にはヘンリー2世
とアリエノール・ダキテーヌの娘でリチャ
ード1世の妹のジョーンを迎えています。
何もかもうまくいっているかに見えたグリ
エルモ2世ですが後継者には恵まれないま
ま亡くなります。
 
シチリア王はルッジェーロ2世の娘コスタ
ンツァと彼女の夫ハインリヒ6世となりま
すが、ドイツ人で神聖ローマ皇帝でもある
ハインリヒ6世の支配に反対したシチリア
の貴族は庶子で後継者から外されていた
タンクレーディを王に推薦します。本人も
周囲もまさか王になるとは思わず、シチリ
ア軍の総司令官として生きてきたタンクレ
ーディは王になりますが、今度は庶子とい
うことで反対もありました。
 
タンクレーディとハインリヒ6世の戦いは
続き、途中でタンクレーディが病死したこ
ともあってハインリヒ6世が勝つのですが、
自分に反対した貴族たちを処刑し、タンク
レーディの子を捕らえて目を潰して去勢し
たりとその仕打ちはあまりにも残酷でした。
フリードリヒ2世の子や孫が、ハインリヒ
7世だけでなく全員悲惨な最後を遂げてい
いるのは、ハインリヒ6世の仕打ちに対する
恨みではないかと思ったほどです。
 
歴史は残酷で正しい者が勝つとは限らない、
だから勝って権力者になったからといって
好き勝手にふるまっていいのか、というこ
とを強く感じました。
 
 

 

 

モンレアーレの大聖堂は本当に素晴らしかっ
たです。今回のシチリアと南イタリアのツアー
に参加したのはノルマン王宮やパラティーナ
礼拝堂、パレルモ大聖堂を見たいというのが
1番の目的でしたが、モンレアーレの大聖堂と
グリエルモ2世も裏テーマにあって、この人が
呼んでくれたのかもしれないと思いました。