アグリジェントからバスに乗って3時間弱、
パレルモに到着しました。シチリアは思っ
ていたよりもはるかに広くバスでの移動は
大変でした。
王宮に入る前の門、ものすごく大きくて立派
です。
門を見ただけでも涙が出るほど感動しま
した。
王宮の建物は後の時代に作られています。
王宮の中にある有名なシスティーナ礼拝堂、
モザイク画と金で埋め尽くされ物凄くきれ
いです。
有名な全知全能の神、残念ながら下の方は
修復のため布で覆われていましたが、もう
このモザイク画を見ただけでもシチリアに
来た価値があると思いました。
美しさや豪華さはもちろんですが、パラ
ティーナ礼拝堂はイスラムやビザンチン
文化の影響が強いということに感動しま
した。
シチリアの王となったルッジェーロ2世は
キリスト教徒の王でありながらギリシャ人、
ユダヤ人、アラブ人・・・異なる民族の宗
教と文化を守り共存してきました。古い歴
史を持ちそれぞれの時代で文明が花開いた
シチリアだからこそできたことでしょう。
パレルモは当時多くの人が集まる国際都市
でした。
これらのモザイク画はフリードリヒ2世も
日常的に見ていたに違いありません。多く
の文化の影響を受けたシスティーナ礼拝堂
を見て育ち、たぐいまれなる王となって歴
史を変えていった、でもそれが原因で教皇
と対立し、彼の子や孫の生涯は悲惨でした。
ドン・グリ君が慕うハインリヒ様はフリー
ドリヒ2世の長男として生まれ、ドイツ王と
なり父とは離れた場所に住んでいました。
成人して父と対立することが多くなり、教皇
に唆されて反乱を起こし、捕らえられて王位
を剥奪され、目を潰されて幽閉されます。不
治の病にもかかり、絶望と孤独の中で自ら命
を絶ってしまいます。もしもフリードリヒ2世
がこれほど力を持たず教皇との対立がなけれ
ば、普通に王としての生涯を全うできたかも
しれないと思うとあまりにも悲しいです。
システィーナ礼拝堂はとても美しく、ここに
呼ばれてシチリアに来たのだなと思いました。












