教皇ボニファティウス8世についてチャットノベルで話題にしてい
ます。
高校の世界史で、ボニファティウス8世についてはフランス王の
フィリップ4世と争いアナーニ事件の後憤死したということで強烈に
印象に残っていました。憤死って一体どういう死に方なのだろうか
と(笑)
けれどもボニファティウス8世について詳しく調べてみると、アナーニ
事件や憤死だけではない、ものすごい教皇でした。
まず教皇になった経緯からして、修道士をしていた真面目な前の
教皇の部屋に部下に命令して伝声管を引かせて毎晩「ただちに
教皇職を辞し、隠者の生活に戻れ」と囁き続けました。ノイローゼ
になった教皇が退位し、次に選ばれたのがボニファティウス8世
です。
ボニファティウス8世はいろいろな国や都市と関わっていますが、
1番凄いのは西暦1300年を「聖年」と定めたことです。「聖年」には
全ヨーロッパの聖職者がローマに巡礼に来るように強制し、巡礼
に来れば天国に行かれることを確約する、これでその年には聖職
者だけでなく多くのキリスト教徒がローマを訪れることになり、たくさ
んのお金を寄付したり使ったりしたから、ローマはものすごく豊かに
なりました。そしてたくさんの芸術家や建築家を集めて大聖堂の改修
を行い、ついでに自分の彫像もたくさん作らせて宣伝する(笑)、ローマ
に住む聖職者や市民にとって、ボニファティウス8世はものすごくありが
たい教皇です。
ボニファティウス8世みたいな人、現代にもいそうです。宣伝がうまくて
天国ではなく成功を約束してくれるから、多くの人が集まってしまう、な
んか怪しくても(笑)みんなが信じているからとますます多くの人が集ま
る、ボニファティウス8世のような人は要注意です。
ボニファティウス8世はまたフィレンツェにも干渉して詩人で市の有力
者でもあったダンテの運命を大きく変えてしまいます。死刑判決を出さ
れて生涯フィレンツェに戻ることはなかったダンテは『神曲』の中で復讐
をしています。理想の皇帝ハインリヒ7世と最も腹立つ教皇ボニファティ
ウス8世に出会ったダンテはそれぞれを『神曲』に書いているようです。
極端な教皇としてはルネサンス期のアレクサンドル6世(ボルジア家)
やレオ10世(メディチ家)が有名ですが、ボニファティウス8世も強烈
でした(笑)

