写真は2019年10月に訪れたリェイダのお城のものです。すごく大きい
大聖堂とお城が並んであるのですが、少し離れた場所は荒れた感じ
になっていました。
小説「ミゲルの物語」は数年前に受けた前世療法で出てきた過去世
がもとになっています。私の過去世(そして子孫も)こじれていること
が多いのですが(笑)、その中でもミゲルさんの人生は半端なかった
です。フルセッションで3回分、1回2時間×3回で合計6時間、ほぼ1人
でしゃべり続けていました(彼が)これだけ長い人生(セッションで話す
時間が)なのに、彼が天啓を受けたとか歴史を変えたということもなく
結局最後まで悩みや迷いの中で亡くなっています。前世療法関係の
ブログを見ていると短時間のグループセッションでもいろいろな前世
が出てきた、1回のセッションで大きく癒された、人生が変わったとい
う人がかなりいるみたいですが、私のミゲルさんはいまだによくわか
らない謎の人です。そして小説で今書いている部分は前世療法の時
には出てきていません。第2章の「悪夢」から彼は語り出し、その部分
は別のタイプのセッションを受けた時にも出てきた。よっぽど強く訴え
たい出来事だったのでしょう。
ミゲルさんの人生は不幸で、およそ幸せや成功とはかけ離れていま
す。でも彼は3人の博士がキリストに贈った黄金、乳香、没薬はしっか
り受け取っています。黄金、すなわち世俗の豊かさや権力、乳香によ
る神とのつながり、そして没薬を得て生と死について考える、それぞれ
の年齢や場所で必要なプロセスはきっちり行っています。歴史に名前
を残すような業績を残したわけでもなく、幸せや成功から離れた人生で
あっても、人生に必要なプロセスについて彼は教えてくれます。
リェイダの大聖堂から見た街の景色です。
スピリチュアル系や能力開発系のブログを読むと、成功や癒し、
あるいは宇宙人からの情報、世界を変えるといった言葉が溢れ
ています。でも1人の人間の人生はそれぞれ必要なプロセスが
あって、それを無視して他の人が示す成功例を真似してもうまく
いかないのではないかと思うのです。過去世はまんべんなくいろ
いろ体験するのではなく、ドラマチックな恋愛に重点が置かれて
いる人、王と家臣の主従関係がテーマの人、私のように宗教問
題で悩む人とバラエティーに富んでいます。人から見ればなんで
同じような過去世ばかり選んでいるの?もっと役に立つような、
成功して素晴らしい人生を送れる方法を選べばいいのに、と言
われるのでしょうけど、それがその人に必要なプロセスならば、
ウダウダと同じことを繰り返し、それは決して不幸なことではな
いのです。
うちのニコラさんは60年以上修道院で暮らし、90年以上生きた人
です。これだけ長生き、しかも退屈そうな(失礼)修道院で暮らし
ながら、人生にちっとも飽きていないです。この人にとっての成功
や幸せはいかに人生のプロセスを飛ばさないできっちり行うかに
かかっているようです。
学校でも能力開発系ブログでも、いかに効率よく目的を達成する
かが重要視されます。でもその人に必要なプロセスをすっ飛ばし
て周りに合わせてそれがいいと思うのは、後に大きなズレを感じ
るかもしれません。学童で働いていると、時には不登校、あるいは
学校には普通に行けても学童を嫌がる子もいます。数年前、学童
の教室に入るのを嫌がる1年生の男の子がいました。私はその子
に「何もしないで座っているだけでいいよ」と声をかけたら、本当に
その子はお迎えが来るまで隅の席に座ったままでした。おそらく
小学校に入って新しい生活をするだけで疲れてしまったのでしょう。
この時、子供は元気よく遊んで早く集団生活に慣れた方がいいと
いう考えの指導員ばかりだったら、その子は本当に学童に来るの
を嫌がりやめていたかもしれません。たまたま私が自分自身も
集団生活が嫌いだったので、ただ座っているだけの子も温かい目
で見ることができました。その子はやがて座って漫画を読んだり絵
を描いたりするようになり、1か月後には他の子の輪に入って遊べ
るようになりました。その子にとっては安全が確認できるまでは様子
を見るということが重要なプロセスで、そこを無視して指導員の都合
のいいように子供を動かしてはいけないということを学びました。ま
あこれは学童だからできることで、学校の先生などは集団を動かさ
なければならないのでまた違うのでしょうけど。
大人になるほど、そして子育てが終わり仕事での定年が近づくほど
もう1度自分の人生について考えると思います。その時にその人に
とって本当に必要なことを無視して他の人の生活スタイルや生き方
をそっくり真似して取り入れようとする、あるいは極端な考えに夢中
になるのはとても危険なことです。



