朝から軽い衝撃を受けているかづぷーです。

24時間テレビに関する記事を読んでいて、

その記事に関してのコメントを読んでいたら、

こんな言葉が書いて有った。

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『人の為と書いて「偽」』あまりの衝撃に、固まってしまったくらいだ。そして、よくよく自分のして来た事を振り返って考えてみた。PTAにしても地域活動にしても、全て自分の為と言っちゃあ自分の為なのである。ぶっちゃけて言うならば、PTAや地域活動なんて全く他人様だけの為にやっている訳ではなく、我が子が健やかに過ごせる環境整備と言うか、我が子の為に少しでもイイ情報やイイ条件が欲しいと言う下心も有る訳で、全くもって他人様だけの為にやっている訳ではない。学校見学会や各種行事等に、現在学校で問題視されたり今後我が子も関わる可能性が有るかも知れない情報を、いち早く先取り出来て対応出来るのがメリットであったりする。先生方にも顔を覚えて貰い、その分我が子に対して先生方が気軽に声を掛けてくれたりする様にもなるし、何か気になる事が有った場合、役員会や委員会で出向いた時に、『ちょっと後でイイですか? この前気になる事が有ったんで…』なんて教えてくれたりする。ワザワザ家に電話してまでの大きな事ではなくとも、こんな些細な事の見過ごしが、その後大きな問題行動になったりする訳だ。PTAや地域活動から得る物が全く無いなんて事は無く、欲しい情報なんて貰い放題の上に、自分の目の届かない所にまで誰かが目を配ってくれていたりする訳なんで、子育てにはとても有り難い物で有った訳だ。そうこうして考えてみると、青少年問題に関わる事は、我が子を育てるにあたってとても大事な『親学』として勉強させて貰った様なもんだし、人の為・人の為と言う割には、全て自分の役に立っているのであれば、『自分の為』だったと言う事なんだと解る。子育てだのPTAだのが終わった今でも色々とやっているんだが、ソレもコレも自分の信念と言うか、私の中の正義の為にやっている様なもんなんで、ある意味、自分の子育てが間違っていなかったんだと思わせてくれる部分も有るから、自分の精神的な成長や鍛錬や安堵感を与えてくれている訳でもある。実際に子供の利用者が多い職場なんで、以前の記事にも書いた様に、『アアだった』 が 『コウなった』と言うのを、リアルに感じる事が出来る。オマケに、別々に利用に来てはいるものの、個人情報を把握している関係上、『アノ子』 と 『コノ親』がリンク出来る訳で、『アノ子の親御さんか…、なるほどね…』と思ったり、『アノ人のお子さんなんだ…、やっぱりねぇ…』と感じたりする事しきりな訳だ私だけが感じるのてはなく、職場の上司と会話していても、『今注意されてふくれて帰って行った子、この前の○○さんのお子さんよ』と言われ、『あ~あ、袋も持たずに本借りて、手で持って帰りたいって言い張った方? 袋が無かったら貸し出せませんと言ったら、本をその場に置いてふくれて帰って行った人ですよね?』なんて答えたりする。子供が返却に来た本の表紙が、折れるは破れるはだったので注意すると、その後にやって来た親が『すみませ~ん。返却日忘れてまして~!』と言って出した本の表紙が折れていて、『あぁぁぁ、折れちゃってすみませんー!!』だったりするので、まさに『この親有ってこの子有り』なのである。24時間テレビの中でつるの剛士が、『子育てを一生懸命やるって言うんじゃなく、何となくやっているって言う感じ』と言う言葉がとても素晴らしいと思った訳で、良いも悪いも全て親が『なんとなく』教える事が本来は良い事なのだと私は思う。けれども、それをする為には、基本的に何が良くて何が悪いのかを親自身が解っていないと、単なる好き勝手言いたい放題し放題の、モンペ親子が出来るだけになってしまう。『何』を叱ったらイイのか解らない。『いつ』叱ったらイイのか解らない。『どう』叱ったらイイのか解らない。そんな親が多い今、『何となく子育て=自然の流れの中で子育て』と言うのは難しい訳だ。そんなこんなを語れるのも、やはり今まで色んな事に携わって来た経験からなんで、やはり『人の為』と言うと『偽』になるんだと思う。このブログも色んな方からのコメントやメールなどで、『ありがとうございました』と書いて頂くのが多いが、私は私の思いを率直に述べ、それに賛同して下さったり誰かの役に立ったと言う事で、私は私の中のあらゆる部分を満足させて頂いている訳だ。レシピ掲載にしても、それこそ味は人それぞれなんで、作って美味しかったとコメントを頂くと、素直に 『嬉しいなぁ』 と思う訳なんで、こちらこそ 『作って頂いてありがとう』 なのである。子供に対する愛情も、『無償か??』と言われればそうでもない。イイ子になってくれたら『嬉しい』訳だし、良い悪いは別とするならば、何かをしてやって子供が喜んでくれれば『嬉しい』訳だ。そう思えば、子育ても『自分の為』と言っても過言ではない。次男のバイト先のコンビニ店長から、『本当に次男君は良く働いてくれて感謝しているんですよ。 真面目ですし頑張り屋ですし。 お母さんのお育てがイイからですね。』なんて言われれば、お世辞でも嬉しい。そう言われたくて育てた訳ではないが、結果的にそう言われる事で喜びを得るのなら、やはり子育ても自分の為と言う物かと思う。逆に言うと、24歳の長男がニートで、毎日悪仲間を引っ張り込んでドンチャン騒ぎだったり、部屋の中でシンナー吸ってたり、毎日の様にお金をせびられていたら…。今年19歳になる次男も高校は出たものの引きこもりで、部屋から一歩も出ずにニートだったら…。恐らく、たまったもんじゃない状況だっただろうから、今の私の幸せは、結局、『子供の為』とは言いながら、『自分の為』にして来た事の積み重ねだったんだとも言える。舅姑の面倒を見たのも、あそこで逃げてほったらかして、子供二人連れて別居でもしていたとしたら、今の幸せは有っただろうかとも思える。『人の為』とは言っても、回り回れば、『自分の為』になっているもんなんだと思う。なれば、『自分の為』になるのなら、どんどんと『人の為』をしたいと思うのだ。エド・はるみのゴール、無事時間内で良かったね~。忙しいスケジュールだろうから、後々のケアが心配だね。今日もポチッと、応援クリックお願いします。↓↓↓↓ランキングバナーファイブ ブログランキング人気ブログランキング☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆↓メールはこちらmailto:kadupoo@livedoor.com↓お買い物はこちらお買い物には「ハートフルストア」をどうぞ♪☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆