コメ欄に、チョコチョコご質問を頂くのですが、なかなかお答え出来ずに申し訳有りません。



チョコチョコお答えしようかと…

『考え過ぎでしょうか?
 次男さんは小さい頃からわーっとわがままにふるまうことはなかったですか?
 それとも徐々に現在のように躾けられていったのですか?』

『かづぷーさんに苦手な事なんか有るのでしょうか?』


どちらかと言うと、『徐々に躾けて行った』でしょうね。

でもね、そう言うと『洗脳した』みたいに取られちゃうんですが、何が良いか悪いかの価値観に関しては、物凄く小さい頃から日常の会話から躾けて行ったと言う感じでしょうか。

『刷り込み』とも取れるのですが、ウチの息子達は、まず悪い事をしている子が居ると

『あの子は悪い事してる。
 ママに叱られるよ~。』

と思います。

けれども全く親に叱られない事に驚きます。

そして

『( ・◇・)σ あんな事したらダメなんだよね~』

と、大きな声で私に確認します。

私も

『うん、そうだよ。
 ○○はやっちゃダメよ。
 みんなの迷惑になるし、自分の家じゃないんだから、好き勝手にしちゃダメよ』


と、私もキッパリと言います。

人の目を気にして、『そんな事言っちゃダメよ』なんて言うと、子供はやっても良いんだと思います。

そして

『ママは、他の子がみ~んな悪い事を平気でする子になったとしても、○○だけは何が正しいか間違っているかが解る子になって欲しいの。』

と、解らない時期からでも

一貫して通します。



私は叱る所と叱らない所と、場所を選ぶ様な事はしません。

どこでも叱ります。

場所によって声のトーンは落としますが、後で叱ると言う事はしません。

当然周りの親からは白い目で見られます。

けれども、悪い事をしている子供を野放しにしている親の方が白い目で見られるべきで有り、悪い事をしている我が子を叱って躾をしている親に対して白い目を向ける事自体がおかしいのです。

まぁ、まず人が大勢居る公共の場で悪い事をする様な事が無い様に、もっと小さい頃から未然に防ぐ様、親も『目を離した隙に』なんて事が無い様にしますが。


ファミレスで走り回っていたり、ソファーの上を土足で立ち上がったりと、

『どーしてもやってしまう次期』

には、一切その様な場所には行きません。

そもそも、

『ウロウロする。
 ジッとしていない。
 嬉しくなったら思わず騒いでしまう。
 走り回る。
 言う事を聞かないし、耳に入らない。
 泣き喚く』

この様な時期の子供を連れて、公共の場に出向く事自体が納得出来ない。

では、全く何処にも出してはいけないのかと言うとそれは無理です。

ならばどうするか。


だからこそ、それを想定して、


小さい頃から躾けるんです。



わーー!!!

と、わがまま言ってジタバタした時って、たくさん有りましたよ。


『そんな事言っても、ママは言う事は聞きません!!
 ママは○○がとっても可愛いけど、何でもかんでも許す様な事はしません!!
 自分が正しいと思うのなら、ずっとそうしていなさい』


と、

家であれば

ほっときます。

しつこく泣くようでしたら、近付いて普通の声で

『うるさいんだけど。
 近所にも迷惑なんだけど。
 野中の一軒家じゃないんだけど。
 無人島じゃないんだけど。
 これ以上泣いたって、どーにもならないんだけど』


と、睨む訳でもなく、素の顔で目を見て言います。

泣き止んだら

『気が済んだか?』

と言います。



外であれば

引きずってでも外に連れて行くか、

隅まで引っ張って行って説教します。


通路で泣かせっ放し騒ぎっ放しにするのは、周りに迷惑ですから。



私は、人一人の親になっているのに

『親でもそれぞれの性格によるでしょ?』

だとか

『みんなが出来る訳無いじゃないですか』

だとか、甘えた事を言うのが理解出来ません。



例えば、

結婚して子供が二人も居る父親が、

『性格的に仕事が続かない』
『根気が無い』
『直ぐ諦める』
『責任感が無い』

などと言う事は許されない。



昔の子育ては

『親は出来て当然』
『親は立派で子供に尊敬される存在でなければならない』
『親が子供の手本にならなければならない』

と、

親自体が自覚していた。


けれども、

『個性を大事にしましょう』

との教育方針から

『出来なくても良いんだよ』
『解らなくても良いんだよ』
『みんなそれは個性なんだから』

と、

マイナス面に対しても認める教育になっちゃった訳だ。


そもそも

『個性を大事にしましょう』

と言うのは、

『出来ない事も有るだろうけど出来る事にポイントを置いて評価しようじゃないか』

と言う意味であり、

『出来ない物はしゃーないやん。
 出来ないのが何が悪いんや?
 解らんねんもん、いちいち細かい事に突っ込むなや』

と言う意味ではない。

『出来ない事を責める事ばかりせず、出来る事に目をやって伸ばそうじゃないか。
 でも、出来ない事が無い様に、出来ない事が出来る様に、それはそれで頑張ろうね』

と言う意味を含んでいる。


しかし、

『出来なくても良いんだよ』
『解らなくても良いんだよ』
『みんなそれは個性なんだから』

と言う部分だけしか、

いわゆる

『自分の都合の良い部分』だけしか理解せずに、

また

『自分に都合の良い様に』利用している訳だ。



逆に言えば

自分が2~3歳の子供だったとして

『だって、ママは出来ないも~ん。
 解らなかったり気が付かなかったりで、
 ちゃんと子育て出来るか解んないよ。
 出来なかったらゴメンね~。
 まっ、大きくなって恥じかく事が有ったら、自分で直せばイイし』

と言う親に、育てられたいかどうかだ。

箸の持ち方の話を以前のブログでも書いたが、やはり

『親にシッカリと躾けて貰って感謝している』

と言うコメが多く有った。

『必死で直した』

と言う、矯正の苦労のコメも有った。



私的には

子育てに不可能は許されない

と思うんだがどうだろう。







私の苦手な事だが


掃除がメチャクチャ苦手です。


それも、自分が散らかしてもいない物を片付けるのが苦手です。

なんで私が片付けなきゃなんないのかが理解出来ないので、理解出来ないままの状況で掃除しなきゃなんない理不尽に腹が立ちます。

特に、夫が散らかした物を片付けるのが、最高に腹が立ちます。

今日なんか夫が休みで、現在私の真横で書類を書いています。

両脇には新聞が広がったままで、テーブルの上には口を拭いたティッシュがこんもりと盛り上がっています。

その横には、朝食で使った爪楊枝が添えて有ります。

朝食後に飲んだと見られる風邪薬のビンが、箱から出したままで置いてあります。

使った後は処理する、片付ける、処分すると言う考えにまで達する事が無い様です。

それは、何度言っても解りません。

基本的に、なぜ妻が全部やら無いんだ??と思っているので、直す気が無いから直りません。





次に


『謝っても許してくれない場合はどうしたらいいんでしょうね?
「申し訳ありません。子供にはきつく言っておきます」だけじゃダメなんですか?』


謝っても許してくれない様な相手とは、将来的に縁の切れる方です。

向こうからしても、今後付き合いが続くと思えば、通常でしたら頃合いの良い所で許す物です。

それを許さないのですから、今後縁が切れる事になっても構わない相手だと思って怒っているのです。

自分にとって、どうしても大事にしておかなければならない相手であれば、あの手この手を使ってでも謝罪をするべきでしょうが、恐らく、それで味をしめて、今後も何かと謝罪を求めてくるやも知れません。

子供のしでかした事は、それはそれで解決すべきですが、親同士は対等で有りたいと思います。





『他の方にはハッキリ、的確に、ポイントを突いて指摘していくのに、何故、姑さん(お元気だった頃)のイジメにはジッと我慢のお嫁さんのまま、言いなりになっていたのでしょうか。』

『義父様、ご主人様に対する的確な言動や指摘を読むに当って、義母様に対するかづぷーさんの対応が何も書かれていないのかと思うのです。
(ただ黙って従っていたのでしょうか?)

 私の勝手な想像ですが・・・義母様に対してもご主人様に対応するように接していたのではないかと・・・?
 その辺を書いていただけたらと思います。』


なぜ従っていたか。

簡単です。


面倒を見なくてイイと言う

約束だったからです。



そして、姑に対しての私は、全面的に従っていました。

どうしても納得の行かない事は

『これは○○ではないですか?』

と言いましたが

『あんたは何にも知らないんだから、黙って言う事を聞け!!』

でしたし、姑自身が私が指摘した部分に対して自分のミスに気が付くと、

『あら~、人間長生きすると、色んな事が有るわね~。
 ま~た、勉強になっちゃったわ~』


だとか

『そう言う場合も有るって事なだけやろ?
 今回はたまたま。
 私は間違ってなかったから!!』


なので、言った所でどうしようもない。



嫁イビリを平気で笑顔でする様な母親を持つ夫と、結婚した事が私の責任です。

よくリサーチもせず、舅姑がどんな奴なのか、これほどまでに親戚からも嫌われていた舅姑だったのなら、ちょっ調べれば解りそうなもんです。

それを、夫の言う事のみを丸呑み鵜呑みにして、頭花盛りで結婚した私がオバカだったのです。

夫や舅姑からすると、嫁が全ての家事をして、舅姑に口答え一つせずに従うのが、この家の『常識』だった訳です。

姑からして望まれなかった嫁は、姑の奴隷の様に罵声を浴びせられる日々は、当然の報いだとの認識の家だった訳です。

そして、どこの家でも同じ程度の嫁イビリは、当たり前の様に行われていると夫は思っていたので、苦労だと言う方がおかしいと言う認識だった訳です。


もう

独裁国家

だと思うしかない訳です。

逃れる道は、亡命するか、死ぬしかない訳です。

逃れない道を選んだならば、一生奴隷と化すか、準備を整えてクーデターを起こすかです。

いわゆる私の場合は、奴隷として奉仕し続けていれば、必ず他国に移住出来ると言う約束だった訳です。

けれども、一生奴隷となれと言う話になったので、時期を見てクーデターを起こし、現在政権を手に入れたと言う事でしょうか。

まっ、政権を手に入れても、役に立たない奴が必ず居て困ると言うパターンは、何処の国でも一緒ですが。



まだ時間の有る時に、ご質問にはお答えさせて頂こうかと思います。

お答えしていない物は、ブログのどこかに書いてあると思いますんで、探して下さいませ。




今日も長文をお読み頂きまして、お疲れ様でした。




食欲の秋と戦う私に、応援クリックお願いします。
(○`~´○)モグモグヾ(@⌒¬⌒@)ノ ウマヒィ