回顧録(懐古もあるなw)① | みっちゃのブログ

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2022年夏 ハロヲタに戻る。

今年2025年も11月に入りました♪

今年は大きな変化があったので回顧録を残しておこうかとw

 

今年の7月末に、26歳から長年勤めてきた会社を辞めましたw

退社理由は「体調不良による自己都合」。

年明けから立て続けに病気に遭い(心臓手術、肺炎、結石など)

有給休暇も半年で全部使い切り、体力面の不安もあり

「一旦ゆっくり休養して体力を作り直したい」と伝えて

会社を辞めさせてもらいました。

 

中途半端な年齢で会社辞めちゃって

どーするんだろーねwwww

なんとなく、年明けには再就職?の

目途をつけておきたい気持ちだけはあるw

 

でこの機会にこれまでを振り返ってみようと。

学生時代まで戻ると大変なので新卒からw

 

新卒では、中堅のゼネコン(総合建設業)に入社。

大学の推薦枠でなんの苦労もなく。

↑これが初っ端の社会人での踏み外し。

正直、就職に対しては「いい会社に入りたい」しかなく、

選んだ会社も「株価も高いのでいい会社なんでしょ」という

今では考えられないような不真面目な理由で選んだw

 ※このあとちゃんと伏線回収ありますのでw

 

入社後、社員研修を経て実地研修へ。

名古屋支社に配属されて三重県の現場に赴任。

すると毎週、部長が様子を見に来て、帰りは部長が

車で僕の自宅まで送ってくれるw

また現場で所長から雑用をさせられている姿を

部長が見つけると、

「●●(←僕)に何をさせているんだ!」と所長を叱責。

その後、三重の現場から名古屋市中区の現場へ転任。

でその名古屋の現場での監督をしている中で

『この仕事って、オレが本当にやりたい仕事なのか?』

と考え始める。←やっとここで目覚めるw

 

で、退職願を提出。

すんなりとは辞められなかったけど辞意が固いと折れてもらえた。

退職が決まってから、部長のご自宅に招いていただけて

 ・名古屋支社配属の建築部同期はほかに2人いたが、

  彼らの現場に部長はほぼ行かないし車で送ることもしなかった。

 ・部長は私の入社面接の折にもおられたようで、

  「コイツ、入社してもすぐに辞めそうだな」と思ったそうですw

 ・短期間で現場を変わる(三重→名古屋)というのも異例だったそうで、

  「ダメな現場運営、優秀な現場運営というのを身をもって

    感じ取ってほしかったんだよw」

とお酒を飲みながら教えてくれた。

そんな部長にも、ストーリーがあってね。

ちょうど僕が入社した年に部長戦があり、候補は4人。

その中の最年少のNさんが部長になりました。

Nさんは「長いものに巻かれない」という気質があり

そんな雰囲気も自分に似てて好きでした。

 

「コイツ、辞めそうだな」と思いつつも

自分の部門に私を入れて、私のために

いろんな話をしてくれて(送ってくれる車の中で)

更に両極端な現場をわざと体験させてくれて

しかも「日雇いでもできる作業を●●にさせるな!」って

恫喝は・・・本当にうれしかった。

※雨が降る中をカッパを着て重い木材を片付ける作業を1人でしてたっけ。

でもそんな部長の想いを22歳23歳の私は気付くことができず

裏切ってしまう結果となった。

部長がご自宅で私に対して最後にかけてくれた言葉は

『宣言してやるよ。今後、転職するたびに会社の格は落ちていく。』

 

Nさん、おっしゃる通りでしたよwwww

うまくいかないもんですねw

でも「格」が全てではないから。

でも「格」とサラリーは比例してるから・・・結局、負けかw

 

今回はここまで。

次回は「本当にやりたいことって何?」篇ですw

※23歳から26歳の話です。←いい年ごろw