義母のこと、
久しぶりに書こうと思います。
2020年春に病気が発覚
その後急遽、コロナ禍とともに
在宅介護が始まり
あれよ、あれよと
2020年末に施設入所
2021年の3月に入院
病気の進行が怒涛のスピードで
様々な介護の対応が
めまぐるしく変わってしまって
義母本人は当然ながら
私達家族も
色々な思いと体験をした
この2年あまり。
コロナ禍ですから、
病院に入院してからは
面会が全くできず、
第5波が少し落ち着いた昨年11月より
制限付きではありましたが、
やっと面会ができるようになりました。
9ヶ月ぶりの再会でした。
面会は15分。2名までの家族のみ。
ワクチン接種の義務。
次の面会までは2週間のインターバル。
義母に久しぶりに
逢えた時には
涙が止まりませんでした。
認知症状も、もはや
こんなにあってなかったら
誰もわからなくなっている
可能性もあるなあと
覚悟はしてましたが、
それは杞憂で、
しっかり覚えていてくれて
泣いている私の顔を
キョトンとした子供のような顔で
不思議そうにじっとみつめてくれて。
横で看護師さんが
わかりますかー?
どなた?ときいたら
「わかるよー!うちのお嫁さん!
◯◯◯さん!」と言ってニコッ☺️
心配させまいとでしょうか。
「ご飯は普通の、おいしいのよ、
自分で食べてるのよー」
そんなこと
言ってくれてました。
本当はもう全介助で
ミキサー食ですが、
気持ちは確か!
あまりの痩せ具合と
いつも真っ黒に髪を染めていたので、
綺麗な真っ白な髪になった
義母は
ふっくらした以前のお顔立ちとは
別人のようで、
私の方が
「連れて帰る!」と
咄嗟に言ってしまい、
夫を困らせたほど。
24時間、専門のナースの方々が
温度管理もされた療養棟で
見て下さってるから
ここまで生き延びているのかもしれません。
義母は
「あったかいし、寒いってことないのよ」
「とまっていけば?一部屋くらいあいてるわよ」
などともいうのです(笑)
看護ヘルパーさんにきけば
義母はどうやら
病院と家を混同しているようで、
家族が帰ってくるから
電気つけておいて、などとも
いうようです。
家に帰りたいとは
一言もいわないので
ここがおうちと
思っていらっしゃるときもあるようですと。
時間は15分キッチリ。
タイマーの音が無情にも
響き渡ります。
かえるときには
車椅子の義母が
「もう、帰っちゃうの?」
「下まで送っていく」
コロナだからお母さんは
階下にいけないのよ、ごめんね、
ありがとうね。またくるね
しか言えない自分達。
それを
自分が風邪をひいているから
(マスクさせられているから)
と思っているからか
「熱もないし、うつさないんだけどねえ」と。
コロナって何?
だよね😣
本当にコロナ禍でなければ
何回もお見舞い、こられるのにね、、、。
でもそれから2回は
なんとか行くことができ
看護師さんからの月1の電話だけでなく
こちらからも週1は様子を聞くために
電話をしたり、差し入れを持参して
主治医にもアポとって
話をきいたりしました。
昨年3月、食べられなくて入院したときには
かなり危ない状況で
まさかまた経口食がたべられるとは
先生も思っていなかったようで
また年末に42℃超える発熱が何度かあり
まさに
義母の生命力で
復活してくれてます。
1月10日以降はまた
オミクロン勢力で面会禁止となって
しまったので、
ギリギリ息子は2日前に
それこそ1年ぶりに逢えて
「明後日成人式なんだよ」
「はたちになったんだよ」
と報告したら
「いたちじゃなくてよかったね💕」
なんて、ジョークまで飛び出しました。
元々そういうオヤジギャグ的なことを
言うのが好きな義母でしたから
らしいなあと嬉しくなりました。
また面会禁止になって
今度あえるのは
いつかまだわからない。
オンライン面会もないのか
きいてみましたが、やってないとのこと
ならばと、スマホを看護師さんにあずけて
せむてデバイス越しにはなせないかと
ご提案したらやってくださると。
それで成人式の写真を届けたり
好物を届けて、ちょっと話をしたり。
行く時間によって、ウトウトしてたりですが、
できることは、続けていくつもりです。
少しでも
刺激になったり
喜んでもらえたら。
ただそれだけ、やれることを
粛々とやるだけ。
1日1日
1回、1回を
大事にするだけ。
もう少ししたら
3月は
義母の誕生日。
