昨年の5月に義母がパーキンソン病と
診断されてから、ブログにも義母介護の話を
書いてきましたが、
ご家族が同じパーキンソン病だったり
はたまた違う病気だけれど
介護をされている方から
いろいろと反響をいただいております。
私も自分の生活の中で
介護をするというのは
20年前に実母を看取った時以来で
今回が2回目。
20年前の実母の時も急な展開でしたが
今回もまさか元気旺盛な義母が?
という感じでした。
年齢が年齢ではありますが
やはり子供というのは、どこかで
元気でいてくれるだろう<いてほしい
というのがあるかもしれません。
「介護」ってある意味、予定どおりとかでは
全くないので、アップアップしないためにも
どこかで客観的に自分の気持ちを
整理するために書いていましたが
予想外に色々な方からメール等をいただいて
これはこれからの高齢化社会
介護問題は避けられないことであり
多くの方がかかえる切実な事柄なんだよなあと
改めて強く感じます。
なので、一介護のたとえと思って
感心の在る方は
引き続き義母サポートシリーズ(笑)を
お読みくだされば嬉しいです。
先日、義母が施設に入居した話を
しましたが、今回はざっと振り返りと
入所までの経緯のお話を。
義母がパーキンソン病と診断を下されたのは
最初の緊急事態宣言中の
2020年の5月でしたが、目にみえる変化は実は
その前の暮れ(2019年12月)にはありました。
その当時、一緒に外でお食事をしたのですが、
和食のお店で、掘りごたつ式になっている個室でした。
そこでの立ち座りがうまくいかず
しりもちをついたり、歩き方がかなりゆっくりだなあという
かんじで、あれ?と。
その前の夏にはめずらしく(普段体調が悪くなるということが
殆どない人でした)おなかの調子が悪いのが続いて
外は暑いし、出歩かなかったから筋力が落ちちゃってね~と
笑いながら言われたので、
もう80もすぎているし、そんなものかな~とも
思っていました。
実はその数年前から一緒にどこかにいくと
歩くのは徐々少しずつ、遅くなったなあ~という印象は
あったのですが、これもまた、老化現象かなと
みんなでいっていましたし、左手が若干
物をもつと震えてしましたが、
「これは遺伝、おじいさんもそうだった」が
義母の常套句だったので、あまり気にしていませんでした。
なので、ここ数年のどこかで診察をうけていたら
パーキンソン病の診断はついていたかと思います。
パーキンソン病自体はこの年齢では珍しい病気ではなく
「老人病」といわれるくらいだから・・と仰る先生もいます。
(若年性のそれとはまた違うと思いますが)
ただ、ご本人、「病院にいったら、なにか病気にさせられちゃうから
いきたくない」と、一切、行っていませんでした。
そんなことで年はあけ、お正月や
昨年3月のお誕生日もゆっくりな歩き方でしたが
暖かくなったら、歩かなくちゃね~と元気に笑っていた義母。
電話をしても調子は大丈夫!の一点張りでした。
ただ、そのあとコロナ禍があやしくなり
義実家にも様子をみに頻繁にいけなくなり
それでも母の日には・・と5月に
訪問したら、3月の時とはくらべものにならないくらい
立ち座りが辛そうで、急遽病院に行こう!と夫が
近所の病院につれていったら、大きな病院を
紹介されて、診断名がついたわけです。
あわてて、介護申請をして介護認定をいただき
(その時は要介護1でした)
生活援助をしてもらおうと(本人は私は病気じゃない!から
必要ないと言い張りましたが)ヘルパーさんにはいってもらったり
デイサービスに行こうと一緒に見学をしたりしますが
紆余曲折あったのは以前書いた通り。
その後、この病気は薬でかなりコントロールはできますから~と
言われましたが、坂道を転げ落ちるように
ここからどんどん歩く、掴む等の動かす機能が落ちていき
同時に認知機能も少しずつですが
怪しいところがでてきました。
サービスも毎月、それに合わせて見直し
離れて暮らす私達夫婦も
行けるときはすべて実家に行き
介護スタッフと毎日電話で連携プレーをとり
実家のバリアフリー改装もしました。
義母の場合はこの7か月が
本当に変化著しい期間でしたが
ここの期間が数年以上の方もいらっしゃると思います。
本当に人によって千差万別です。
本来は介護認定は1年に1回ですが
あまりの急変さに、要介護1の介護サービスでは
無理になってきたので、区分変更申請をしていただき
11月についた介護認定は要介護3でした。
いずれはお世話になるかも・・・と
おもっていた施設の話が
このあと一気に現実味を帯びてきました。
* * *
年末に急遽空きがでたということで
老人ホームに入居した義母ですが
このコロナ禍で、もちろん、
家族ですら、面会禁止なご時世。
入居したら介護は終わり・・ではなく
本当だったら、面会にも行けて
最初はいろいろと一緒にお部屋にもいって
お手伝いができるのでしょうが
義母の場合は
私と夫が施設に話をききにいった(昨年11月ごろだったかと)
時点で、もう面会できない、あるいはできても10分くらい
というところでした。
なので、実際にはお部屋の様子も
みていませんし
(PCでリモート画像ではみせてもらいました)
入口の受付ですべて済ます感じです。
(最初は応接室に入れてくださいましたが
年があけてからは、そこにも入れません)
それなので
入居の際も、事前に荷物は運びこんで
セッティングはすべて施設の方がしてくださいました。
(いわゆるユニット型といって、全室かなり広い個室で
お食事の時はリビングに集まっていただく形)
1ユニット10名になっています。
何かあったら、すぐに駆け付けられるように
義実家の近くではなく
我が家の近くの施設なので
何か足らないものや欲しいものが
あったら、すぐに行けるのが
家族の利点ではあります。
入居して、「帰りたい!」と
パニックになったり、手がでたり、
1年近くずっと言っている人もいらっしゃる
という話をきいていて、心配はしていました。
「施設」「老人ホーム」という言葉に
義母はとても敏感で、絶対に入りたくないと
ずっと話していたから。
とはいっても、同居はいい、自宅がいい
という人だったので、いきなり施設はきついだろうと
練習でショートステイをしようとしていた矢先の空き連絡。
居宅介護でデイサービスもずっと行きたがらなかったのが
やっと慣れてきて、自分からも行くというところでした。
でも、その空きも明日まで、、と言われて
居宅介護もかなり限界まで
きていた状態(身体介助がないとトイレもいけない状態
かつ、転倒が多く、危険度が高い)
だったので、入居を家族が決めたという感じです。
しかし義母自身は
おそらく親戚でホーム入っている人の
お見舞いによく以前いっていたので
その時の印象があまりよくなかったのか?
とにかく、自分はそういうところに入るほど
悪くはないし、という自覚でしたから。
(生活のすべてに介助が必要というのは
未だ、受け入れていない)
義母の認知レベルは確実に
変化しているのですが、
普通に話していると、認知症なのかな?となりますが
よくよく話していると内容が???なことが
増えているのと記憶障害は
(特に近況、さっき何を食べたのか等のものは覚えられない)
かなりのものになってきています。
ただ、そこもまだ微妙なところで
すごくはっきりしているときと
殆ど寝ていて、起きても朦朧としていて
表情もない時もあります。
入居のことをどう切り出そうか
家族で1週間くらい話し合い、
介護サービスのスタッフにも
いろいろ知恵をいただいたり、
話をあわせてもらったり・・・。
しかし、それこそ入居の前日になっても
きりだせないまま、入居当日を迎えます。
長くなったので、続きは明日。
