自分の心のコップは自分で満たす
自分の心のコップに穴をあけているのも自分

せっかくコップを水で満たそうとしても
「満たしてはいけない」「満たすなんてもってのほかだ」
という「決まり」を作ってしまっていることに
気づけないでいると
「誰もみたしてくれない」と不平不満ばかりいって
満たされていない自分と
満たされているかのような人を比較して
どんどん苦しくなってしまう。
自分で自分に「それでいいよ」っていってあげられたら
自分に「それだめだよ」って言うより
数倍も人生楽しくなるかもしれない。
自己否定ばかりしていることに
まだ気づいていない人
「それ、いつまで続けるのかな?」って
質問してくれている人、事柄は
実は近くにいたり、しょっちゅうおきているのかもしれない
* * *
昨日は1年半前に学んだ方々
メンタル呼吸法6期生が
仲間の家族の転勤に伴う送別会を兼ねて
仲間同士で学びあいたいということで
この地を離れる本人には内緒で
私に仲間内の茶話会の話を持ち込んできてくれました。
素敵な仲間関係だなっておもいました。
送別会はどんな形でもうれしいと思いますが、
お互いに学びあう姿勢が、組み込まれていて
それもサプライズで相手が喜ぶようにという配慮まで。
私も喜んで今回はお受けしました。
久しぶりの同期全員の集合。
私も期を超えての学びの場は
リピーターズクラスとして、時折、設定していますが
同期同志の学びの場はそれぞれにお任せしています。
私がいないほうが学びのバリエーションも増えるし
私がいることでの弊害(笑)もあるし
新しい進展・進歩もないかなとおもうからです。
でも昨日も感じましたが
同じくして学んだ同志がまた再び
シェアをともに話していくと
本当に短時間でも一気に深い話ができていいなあと。
その後の送別会も
本当に様々な話ができて
笑いと涙にあふれたみんな。
相互を尊重し、またそこから学ぶ姿が
皆さんとっても愛おしいくらいでした。
話を深めていくと
なにげない潜在的なところに
自分のブレーキになるものが
みえかくれしたり、
でもそれは自分ひとりでは明確にはしがたくて
話して聴いてくれて、深めてくれる仲間がいて
はじめて自分のなかで「はっきりする」瞬間があります。
仲間は「刺激」です。
「比較」ではなく。
だからありがたい「人生の宝」ですね。
でも結局は宝にするかしないかも
自分次第かなと思います。
人は人間関係で悩むけれど
その人間関係で救われることも多々あるのです。
* * *
帰りの夕陽がとってもまぶしかったです。
朝から夕方まで
あんなにそれぞれが「自分」をみつめた時間があったかな?
というくらい、たくさん大切なものがでてきました。
住む地は離れても
心は近くで
寂しさというより、またすぐに再会できるであろう
そんな心の近さを皆、感じているようでした。
そういうみなさんをみているのが
私はなんとも大好きです。