先日ご案内した12月17日の
続々お申込みをいただいているようで
心より感謝です。
ありがとうございます♪
今、私はメンタルコーチとして
人の気持ちを中心とした
その方のそれぞれの人生が
豊かになる心の在り方を念頭に
お仕事をさせていただいておりますが
それと自分がずっとやっていた
「音楽」との融合、心と音楽の繋がりを
このところ本当に強く感じることがあります。
私が心理学等に興味を持ち
大人になってから勉強して、
それを人様にまでお伝えしたり
時にはクライアント様と講座やカウンセリングで
一緒に考えたり取り組んだりしているのには
音楽から培ったものが多大にあるということです。
そしてこうやってコンサートをさせてくださったり
講演でも最近はピアノを使わせていただくことがあり
より一層その流れを感じています。
* * *
私は自分がなぜ、ピアノという楽器を選び
音楽を続けて、音大までいったのか
若かりし頃、答えがでずに
悩むことも多々ありました。
もちろん、4歳からはじめた音楽は「大好きだった」から
ピアノもそこそこ得意で・・・・という理由は
あったと思います。
しかし、音大に入るのもレッスンが大変
日々の練習は苦痛がなかったといえばウソになるし
入ったら入ったで、上手な人は恐ろしいほどたくさんいて
卒業しても、音楽家で・・・なんて食っていけない(苦笑)
自分の身の程を知ります。
そうなると
直近の目の前のこと、生活のことばかり目がいき
「音楽がもたらしてくれもの」などからは
意識がほど遠くなることもありました。
それでも「音楽」をしていると「楽しい」というところに
何かを求めて
ピアノのソロでは上がたくさんいて
そこでは活躍できないことはすぐにわかったので(笑)
ピアニストって一人で黙々と弾くから
孤独なんですね。
学生時代はアンサンブルとか他の楽器の伴奏とか
人と一緒に創るものにのめり込んでいきました。
また他の楽器の先生が
「あなたのピアノは伴奏向き」
(↑自分がでしゃばらない、ソリストを引きたてる弾き方をすると。)
なんておっしゃってくださる方々がいらして
それに気を良くして、自分のソロ練習はおざなりにしてでも
人のためにたくさんの楽譜を抱えて
あちこち駆けずり回っていました。
大変だけどやりがいも感じ、楽しかったのでしょうね。
やりすぎて無理して、肺炎になって倒れ、
入院したこともあり![]()
今でもはっきり覚えているのが
大学3年の時に英語が好きで授業とは別に
英語の先生と英会話をするクラスをつくってもらっていました。
「なぜ自分は音楽をするのか」というテーマで
皆と話しているときに、私は自分の感覚で
「私は自分を元気にするために弾いている」という趣旨のことを
話しました。
その時、先生が
「演奏とは聴衆のためにするものでしょう?」
といわれました。
確かにそうだけれど
私は誰かに聴かせるためだけに
演奏をしているのだろうか?と自分にきいたときに
必ずしもそうではなくて、それを弾いている自分も
すごく元気になったり、助けられたり
美しいメロディーに心地よくなったりしているから
結局は自分のためにも弾いているような気がする
(その頃はまだ「癒す」という言葉はあまり普及していなかったと思います)
と答えました。
それに対し、
「それは単に自分の音楽に自分で酔っている
客観性のない音楽だ」といわれて
自分の英語力のなさも手伝って(笑)
またそれもそうか・・・とそれ以上は反論というか
自分の気持ちを表現することができなかったのを
30年近くたった今もよく覚えているのです。
今思うと
このテーマはずっと私のなかで
くすぶってきたテーマかもしれません。
音楽だけではなく
「誰のために、なんのために」
「自分は〇○をしているのだろう?」
いろんな物事に関して
この問いかけは常にあったように思います。
だからあの時解決できなくて当然というか
人生のテーマを突き付けられたんですね。
考えてみれば、有難い、凄いことです。
そしてその後は
仕事をするようになると
あんなに毎日練習したことが
あたりまえだったのに、日々の生活に忙しく、
義務感で弾いたり、音楽に対する感覚が
かわり、コツコツ練習することがなくなりました。
それでも大丈夫だった自分にすごく驚きました。
自分にはコツコツ練習することが、あたりまえと思っていたから。
母が倒れて、仕事も辞めて介護に専念した1年は
ほぼ弾きませんでした。
もしかして自分には必要ないもの??とさえ思いました。
その後、結婚して子育てして。
15年前に息子が産まれてすぐに母が亡くなった時、
ピアノの恩師に電話をしました。
その時に先生に言われた一言も
いまだに忘れられません。
「今、辛くても毎日、流れていくのよ。
お母さんになったあなたの毎日には
音楽が流れているのよ。忘れないでね。
たとえ、今実際にピアノを弾いていなくても
ベビーカーを押して歩くことも
おしめを変えるときも、食事をすることも
人生、生活すべてが音楽なのよ」
あ~人生そのものが音楽なのだ
誰のためとか自分のためとか
上手とか下手とか、向いているとか向いていないとか
音楽ってそんなんじゃないんだ。
そういう域を超えて
すべてが「リズム」をもったもの、「メロディー」を感じるもの
いろんなものの「ハーモニー」のなかに生まれるものがある。
そんなメッセージを全身で感じて
ひとり泣いて、泣いて、
電話の前から動けなくなりました。
楽譜には作曲者の心や気持ちや魂が刻まれています。
何百年経ても色あせない
言葉では表せられない、作曲者からの心のメッセージです。
それを読み込み、演奏する人の気持ちも
さらに込められるのが「演奏」です。
そして聴く人にもハートがあります。
音楽を聴くことでその人の人生の「背景」「風景」「歴史」が
浮かび上がります。
この作曲者、演奏者、聴き手、3つの立場から
私は人の心をアナライズ(分析)する術を自然に学びました。
人の心の在り方に興味を覚えたのも自然ななりゆきでしょう。
難しいテクニックを駆使した曲はもう今は弾けません。
練習をしてこなかったブランクはやはり大きい(苦笑)
でも日々また練習したら、ある程度は復活するかもしれません。
昔のように毎日5時間も6時間も・・は無理ですが
それでも今は少しずつ、やり始めています。
それは弾けるようになりたい曲があるから。
でもそれよりも
今は「音」にこめられた感情、感覚を発して
簡単でシンプルだけど
心に響く音楽と心の活動ができたらいいなと
思うようになっています。
これからゆっくりのんびりですが
また自分の指針ができました。
これは私が20歳そこそこのときからの
テーマに近づくものだと思っています。
ご縁ある方はきっと出会えるでしょう。
なんだかとても静かなワクワクというか
人生のテーマは人それぞれだと思いますが
過去にやっていたことはどこかでちゃんと繋がって
それを追っていける「毎日」なのかもしれません。
それはとても幸せなことで
人生を彩る楽しみなことだなと思います。
