春のお彼岸。
いつもお彼岸にはおはぎやぼたもちを
亡母がそうしていたように、つくるのですが
今年のお彼岸のぼたもちづくりは
いつもとは心境がまた違いました。
我が家のぼたもち(おはぎ)は
あんこにきなこにもうひとつは「えごま」
えごまは寒い土地で作られますが
我が家のえごまはその亡母の故郷
信州のえごまです。
叔父と叔母が丹精こめてつくってくれたものを
毎年おくってくれています。

空気と水がおいしい長野。
小さなころから両親につれられ、
長期休暇中は長期間遊びにいっていました。
私にとっても第2の故郷です。
花農家をしている母の実家は
それはそれは広大な敷地に花がたくさんあり
そこで作業をする祖母や叔父や叔母をみて
私もよく(邪魔になりながら・苦笑)お手伝いをしたものです。
叔父がつくったお花は都内に出荷されますが
それはそれは持ちのよい豪華なお花ばかりでした。
夏のあつい盛りにお土産でもらってかえった切り花が
1か月近くも持つなんて、本当に不思議でした。
都内で生まれ育った私は、喘息もちで体が弱く
夏に長野の空気にふれると、本当に元気になって
山の食べ物や水、環境にすごく癒されていました。
想い出の多い、長野の母の実家です。
母も亡くなり、足は遠のいていましたが
数年前に思い切って遊びにいったり、
弟も昨年叔父や叔母を訪ねて行ったそうです。
でもその叔父が危篤状態になり
この連休中は父と弟とお見舞いにいってきました。
元気な姿しか記憶にない私は
叔父の変わり果てた姿に
人の命の限りを教えられたようで
とてもせつない時間でした。
うちに帰ってきて、えごまのぼたもちをつくっていても
このえごまが毎年、あたりまえのように送られてくるのも、
当たり前じゃなかったんだ。もう最後のえごまかも・・・と思うと
本当にすべてに限りがあるということを
思い知らされる想いです。
この数か月は本当にいろんな痛みとの
戦いだったようで、それを話す従弟の気持ち。
家族の「もう少し生きてほしい」と
叔父の「もう楽にしてくれ」という気持ちの
交差がどちらもわかって、
ドクターからは今の医療だといかようにも延命は
できるけれど、それを本人は望んでいないと思う・・と
いわれたという家族の複雑な思い。
枯れるように自然に死んでいくというのは
現代は難しいことなのか・・・と
話をきいて私もいろんな想いが湧いてきました。
生き方と死に方。
お仕事でいつもそのことに
直面されていらっしゃる方もおられるでしょう。
私も先日新聞である医師の方の記事を読んで
とても共感し、今この本をちょうど読んでいます。
いつもお彼岸にはおはぎやぼたもちを
亡母がそうしていたように、つくるのですが
今年のお彼岸のぼたもちづくりは
いつもとは心境がまた違いました。
我が家のぼたもち(おはぎ)は
あんこにきなこにもうひとつは「えごま」
えごまは寒い土地で作られますが
我が家のえごまはその亡母の故郷
信州のえごまです。
叔父と叔母が丹精こめてつくってくれたものを
毎年おくってくれています。

空気と水がおいしい長野。
小さなころから両親につれられ、
長期休暇中は長期間遊びにいっていました。
私にとっても第2の故郷です。
花農家をしている母の実家は
それはそれは広大な敷地に花がたくさんあり
そこで作業をする祖母や叔父や叔母をみて
私もよく(邪魔になりながら・苦笑)お手伝いをしたものです。
叔父がつくったお花は都内に出荷されますが
それはそれは持ちのよい豪華なお花ばかりでした。
夏のあつい盛りにお土産でもらってかえった切り花が
1か月近くも持つなんて、本当に不思議でした。
都内で生まれ育った私は、喘息もちで体が弱く
夏に長野の空気にふれると、本当に元気になって
山の食べ物や水、環境にすごく癒されていました。
想い出の多い、長野の母の実家です。
母も亡くなり、足は遠のいていましたが
数年前に思い切って遊びにいったり、
弟も昨年叔父や叔母を訪ねて行ったそうです。
でもその叔父が危篤状態になり
この連休中は父と弟とお見舞いにいってきました。
元気な姿しか記憶にない私は
叔父の変わり果てた姿に
人の命の限りを教えられたようで
とてもせつない時間でした。
うちに帰ってきて、えごまのぼたもちをつくっていても
このえごまが毎年、あたりまえのように送られてくるのも、
当たり前じゃなかったんだ。もう最後のえごまかも・・・と思うと
本当にすべてに限りがあるということを
思い知らされる想いです。
この数か月は本当にいろんな痛みとの
戦いだったようで、それを話す従弟の気持ち。
家族の「もう少し生きてほしい」と
叔父の「もう楽にしてくれ」という気持ちの
交差がどちらもわかって、
ドクターからは今の医療だといかようにも延命は
できるけれど、それを本人は望んでいないと思う・・と
いわれたという家族の複雑な思い。
枯れるように自然に死んでいくというのは
現代は難しいことなのか・・・と
話をきいて私もいろんな想いが湧いてきました。
生き方と死に方。
お仕事でいつもそのことに
直面されていらっしゃる方もおられるでしょう。
私も先日新聞である医師の方の記事を読んで
とても共感し、今この本をちょうど読んでいます。
今日が人生最後の日だと思って生きなさい【電子書籍】[ 小澤竹俊 ]![]()
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2800人を看取ったホスピス医の小澤先生の言葉は
どれも心に沁みます。
命を終えるのはすべての人が避けられない事。
でもそこに至るまで、いかに1日、1日を生きるか。
私たちにも問いかける言葉がたくさんあります。
たくさん働いて、たくさん笑顔をみせてくれた叔父。
「働く(はたらく)とははたを楽にするためだよ」と
いっていた祖母の言葉そのままに生きた叔父の在り方。
話もできず、ただ横になっている叔父でしたが
私が声をかけると目を大きくあけて声にならぬ声を
出して、何かを一生懸命伝えようとしてくれました。
言葉ではない、叔父の魂のメッセージが
私のなかに
静かに飛び込んできたようでした。