【かけてもらった言葉からの気づき】
その1 からのつづきです。
初めての育児をしながら
わからないことは「何か」に答えを求めていました。
先輩ママにきいたり、助産師さんにきいたり
本を読んだり、その頃はあまりネットはしていなかったので
今ほど情報も溢れてはいなかったかも・・ですが
授乳がうまくいかなくなったとき
「ああ~お母さんはどうやってやっていたのか
教えてもらいたかった
」と泣きながら訴えた私に
夫がぽつりと
「きみがやっているように、お母さんもがんばってたんじゃない?」
この言葉は衝撃でした。
そうか、私がいまやっているように。。。。
視点が逆になった瞬間でした。
私、自分をなにか正解にはめようとしている。。。
私がやっていることを真ん中にもってくればいいのか。。。
ちょうど今頃、寒くなってきた頃
乳腺のひとつが詰まっていまい
白斑ができました。
痛くて、痛くて、でも1日数回の授乳は休めない。
夜も寝ていられないくらいで、朝4時くらいから起きて
身体が冷えているから?とお風呂にはいったり
身体をあたためるものを食べたり、着るものを工夫したりと
ありとあらゆる策をやってみたけど、一向によくならない。
おっぱいマッサージの先生のところに
駆け込みでいったとき
マッサージされながら
「あのね、どんなにそのときつらいな~とおもっても
その人に乗り越えられないものは
神様は与えないのよ。」
あなた駄目ね~とも、だいじょうぶよとも
一言もその方はおっしゃりませんでしたが
優しくイサメラレ、しかし承認してくれて
強い気づきを与えられたようでした。
白斑や痛みは結果としてでているだけで
その前をみていない、目の前をみていない
もっと根っこがあるんじゃない?
そしてその後も同じ時期に
他の方から
「気になっている人が身近なお父さん」
といわれたとき
はっとしました。
父とはずっとうまくいっていませんでしたが
母が亡くなってから、毎日(3年間は通ってました)
お墓詣りして、花をかかさなかった父。
私のなかにある父像と目の前にいる父の行動が
初めて重ならない(違うな~)印象をもちました。
母と父は仲がよくなくて、よく口論をしていましたが
私はそういう母の話をよくきかされて
自分がしっかりしなきゃとおもっていた長女。
しらずしらずのうちに
母の価値観が私の価値観になっていたこと
それにきづいたときは
本当にショックでした。
目の前に居る人を、そのまんまみていなかった。
色眼鏡をかけていることにきづいておらず
それが苦しかったことにすら気づいていなかった自分。
自分を生きているようで、生きていなかった。
母が悪いとかそういうことではないのです。
子供の私もよかれとおもって
そうすることで我を守っていたのでしょうし
だから母の価値観でいきることを選択していたのでしょう。
ただ、
私がそこに気づけてなかった。
だから数か月かかりましたが
これから自分の価値観で、自分の気持ちを
自分の眼でまわりを物事を見ていこうと
決めたのでした。
そんなことをしていた数か月
きづいたら、白斑もとれて
痛みもすっかり消えていました。
母の最期、もうしゃべれなくなっていたのですが
私の眼をみて、眼であることを伝えてくれたのです
「こんどはあなたの番だからね」
そんな声を聞いたのです。
それは
「こんどはあなたがお母さんだよ」
かとおもっていたのですが
「あなたがあなたの人生をやる番だよ」とも
受け取れました。
だから、
「もっと生きたい」といっていた母の言葉を大切に
今いかされている人は
自分の人生をいきなきゃって
義父の死や母の死は
「いかに生きるか」
ということをおしえてくれたようでした。
母になって1歳と8か月くらいのことだったと思います。
それから私の「自分を知る」ということが
はじまっていったように思います。
(つづく)