最近であった受講生には
「ユッキーさんって悩んだりしたこと
あったんですか?」ときかれたり
「どうして、今のお仕事をやっているのですか?」
ときかれることが多いので
以前のブログには(古いのをそのままにしているのは
嫌なので、もう削除しちゃったけど)
そのあたりも書いたことがあったけど
また書いてみるね♪と何人かとお約束したので(笑)
たまに「私の軌跡」など書いてみようかなと思います。
興味のない方はスルーしてください(笑)
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今、メンタルコーチとして
活動し始めて、この12月で7年目に入ります。
私の場合、あまり目標を定めるタイプでもなく
「これになりたい!」がしっかりある人でもない(なかった)ので
ただ、ただ、目の前にきたことを一生懸命に
そのときのご縁を紡いでいったら、今に至る
というかんじなので、
がんばって目標達成したい!という方には
あまり参考にならない人生かと思います(笑)
ただ、こういういきあたりばったりな人生
自分では結構好きです![]()
そういうタイプなのかも。
いい加減というのとはちょっとニュアンスが違うのですが
そういう、予想しないこと・・などの
ワクワク感を楽しむことが好きなのかもしれませんね。
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独身の頃は音楽の教師をしていました。
講座でもお話しますが
20代最後のころ、大好きな母が病に倒れました。
私は一人暮らしをしていましたが
余命よくて2年といわれ、
あと先後悔したくないと
仕事も辞めて、母の介護に専念しました。
今おもうと、自分の世界まですべてなげうった自分
そのときはそれしか考えられなかったけど
そうしなかったら別の人生があったかもしれません。
でもそのときはそれがベストの答えだったのでしょう。
人生何回か、大きな選択を迫られる・・・
そしてそれは自分で選んでいるのでしょうね。
母を介護しながら、母は私の将来を案じておりました。
親ですよね。
1年介護に専念したら、父が定年退職したので
父に母のことはある程度任せて
私は夫と結婚しました。
でもやはり母のことは気になるもの。
教員免許があったので
日中の午後は学童保育のアルバイトをしながら
午前中は実家にいって、母の面倒や実家の家事をしていました。
結婚していても、甘い新婚生活というより
気持ちも半分実家のことが気になり・・・という生活。
流産もそのあいだ経験しました。
そしてやっと待望の赤ちゃんを授かるも
1か月は切迫早産の危険があり動けない状態。
やっと動けるようになったら、
母の病気再発。義理父も同じ時期に病気の再発。
妊婦期間も楽しく暮らしたい!のはやまやまだけど
出産にすべて想いをはせることができずに
母や義父の「死」ばかりを意識していました。
義父の死が妊娠8か月のとき
そして自分の出産はこれまた難産で
自然なお産を望み、助産院に通っていましたが
3日間陣痛を経過しても、
生まれてこず、病院に搬送の結果、
緊急OPで帝王切開。
息子はそんな難産を経て
元気にうまれてくれましたが
出産を見届けるかのように
母の死。
初めてのお産後は
どうしていいかもわからずに
しばらくは家にこもっていたと思います。
家と公園とたまにいくお世話になった助産院くらいが
行動範囲でした。
まったくもって
今ある状況と、身体と心が
バラバラなかんじが続いていました。
人生に翻弄されている・・・ってかんじ?
授乳をするたびに
母もこうやって育児してくれたのかな~と想像すると
こんなに涙がでるのか・・・とおもうくらい
1年半は泣いて暮らしていたように思います。
今おもうと、その時期は
「感情を成仏させていた」のかもしれません。
とにかく泣くだけ泣きました。
それからは身近に頼れる母がいない寂しさを
紛らわすように
いろんなところに出かけて
助産師さんやら、地域の活動やら
夫とも助け合いながら、(けんかもいっぱいしたと思います)
あ~でもない、こ~でもないと
その時期を乗り越えたように思います。
環境がいろいろと変わって
まさに自分ではコントロールできない時期
だれしもそういうときってあるのかもしれませんね。
もがいたり、苦しんだり
身体もすっかりやせ細って
骨川すじこさんでした(苦笑)
でも母性がどこかで働いていたんでしょうね。
この子を育てること
このタイミングで自分が母になったこと
なにか意味があるんだろうなと
漠然と、いろんなその頃であった人と
育児の勉強会を企画したり
地域の企画ものをしたり
がむしゃらに動いていたこともたしかです。
なにか目標があったわけではなく
とにかく、そのときわからないことは
すぐに知りたかったし
自分のいままでは知らない世界(こと)が
たくさんあるんだ!と人との出会いに
刺激をうけて。。。
で、おもったわけです。
なんだか一気にいろんなことがおきたけど
それって
自分のまわりにおきていること
自分の身体におきていること
ぜんぶ意味があって
それをみつめていくってこと・・・
いままで自分のことを
「みつめるみる」って
したことなかったかもって
何か偶然でしょ。
誰かのせいでしょう。
そういう環境なんだよね。
あきらめたり、なにかのせいにしたり
もちろん自分の不甲斐なさのせいにしたり
でもそれだけじゃないのかも。
ちょっとずつ、気付いたんですね。
(つづく)