いつも笑顔溢れ輝くあなたへ
昨日はすっきり視界良好、今日は関東地方、
夜遅くに雪が降るかも、といった予報が出て
おりますが、にわかに信じがたい晴れ具合
でした
さて、年がら年中、痒みにさらされ
強ステロイドとプロトピック軟膏が手放せず
ひどいときはステロイドの内服薬まで使わないと
症状が抑えられなかった私が
いかに 痒みから解放され、薬からも解放され、
ごくごく普通の生活ができるようになったか
私の長患い からの続き です
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アトピー性皮膚炎 との闘いは
結婚後子供が生まれてからも続きました
祖母、母、私 と皮膚が弱いアレルギー体質
がわかっているだけに
子供ができたら十中八九 アトピーは遺伝する
と思っていたので
結婚した当初、
子供は正直持ちたくありませんでした
なぜかというと
子供に私のような痒みの地獄の苦しみを
味わわせたくなかったからです。
もし、業のようなものが本当にあるのなら
アトピーは私の代で断ち切ってやる
(代は私で止まってしまっても父は三男坊だし
次世代にこの業を引き継がせないで済む
と 本気で思っていました)
負の連鎖は私の代で終わりだ
と決めていました。
ところが妊娠し、散々悩みました。
しかし周囲から励まされ
万に一つの可能性にかけて産むことに
しました。
妊娠中は抗アレルギー剤の服薬は禁止されます
ですので妊娠中 私は自分のリバウンドと
闘いながら 十月十日を過ごしました
臨月を迎え、出産、
高齢出産だったのでいろんな不安もありましたが
新生児黄疸もなく、生後2か月までは順調でした
それでもやはり、生後3か月ごろに子供のほっぺにできた
乳児湿疹がその後アトピーだとわかった時は
絶望しかなかったです
赤ちゃんの皮膚にステロイドは使いたくない
こどもは大学病院の皮膚科で診てもらいましたが
治療の甲斐なくどんどん悪化していきました
ただの乳児湿疹がだんだんとただれてきたときは
もう、どうしていいかわからなかった
(大学病院でもダメだったら どうしたらいいんだ・・・)
こどもは痒みで眠れないのか
いつもぐずっで泣いてばかり、
本来なら一番かわいい盛りなのに
生後3ヵ月から生後11ヵ月の間は、
ほっぺがただれているため
ばい菌感染が怖いので
まったく外へお出かけなんて
できませんでした。
だからその時の子供の写真は
一切ないんです
ただれたほっぺの写真はかわいそうで
撮れませんでした
この時思いましたけど、
自分が苦しいのはある程度なんとか
気持ち割り切って
我慢のしようがあるんですけれど
無防備な我が子の苦しむ姿を
なす術なく見ているしかないときの
やるせなさっていったら なかったです。
「子供には罪はないから
自分の残りの寿命全部持ってっていいから
この子の痒みを取ってください
お願いだから苦しみを取ってください」
泣きながら夜中じゅう祈ってました
この子が痒みから解放されて
楽になるなら
自分はどうなってもいい
と思っていました
そのために命が代償なら
いくらでもくれてやる、 と思っていました
とにかく、 湿疹ができる前の
子供の無垢なはちきれんばかりの
明るい笑顔が見たかった・・
その時の私は自分のリバウンドからくる痒みも
ひどく、子どもの様子も悪いため
気が全く休まることがなく
精神状態ギリギリでした
今考えても 結構危なかったと思います
もう、どん詰まり 頭の中は真っ白
何も考えられなくなっていました
(続きます)
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次の回では
いよいよ、私と娘の運命を動かす救世主のような
方が出てきます。その方からの一言から
起死回生、一発逆転劇が始まるんです
