Page 2 からの続きで〜す。
難関の百段ガンギも 越えて、
登り始めて1時間半ほどで 中宮跡に。
説明板より
宝満山で修験道が盛んだったころ、この場所は中宮といわれ、
この山の本地仏 十一面観音を祀る大講堂を中心に神楽堂、鐘楼、法華塔、九重塔、黒田家寄進の鳥居、毘沙門などの小祠が立ち並び山伏の修法の中心地だった。
そこで呼ばれたのを感じて、
空を見上げたら・・・・![]()
やっぱり 出てくれました!
2年前の「66」の日、
トランジションのリリースをした直後に、
ネイティブに由来する場所で、
私たちのソウルを表す ダブルツリーの上空に、
ソーラーレインボーが現れていた。![]()
> ダブルツリーは 2つの木が、
1つに融合するシンボル。
このパワフルな輝き・・・・![]()

妙見神社で、ハーフのソーラーレインボーが
現れたときに 続きがあると
思っていたところでもあり。
宝満山のおさらい
神功皇后は、三韓征伐にあたって、潮干珠と潮満珠を用いて波風をあやつり、勝利を得たという伝説がある。
宝満山が「宝の満つる山」と云われているのは、その二つの珠を持っているからでもあり、この山には他にもたくさんの宝がある。
菅原道真公は、宝満山の神に導かれて、今の紫藤の滝で身を清め、天拝山に登って無実を天に訴え祈った。
それが、雷神となり都の悪人たちを悩ませたといわれている。そこで秘儀を授かり、
「天満大自在天天神」、別名「雷公」と称されるほどの神通自在の大神人となった。
太宰府・筥崎宮と同様に、
宝満山にも 海王星の光が 降りている。
あるユダヤの預言者も 眠っていて、
神功皇后は、その預言者の生まれ変わりであり、
卑弥呼(日御子)でも ある。
頂上の手前には、
玉依姫が 降り立った馬蹄石があり、
2ヶ月前に、玉依姫が4代目のアマテラスであり、
岩戸開きをしていたことも、
わかったばかり。
竈門神社のサイトより
九州で最も登山者が多いといわれている宝満山は、古の時代より神が降り立つ山として崇められている。
平成25年10月、宝満山はわが国の歴史上においても大変重要な国家的祭祀が継承されてきた信仰の山「霊山」として、
その歴史的・文化的価値が認められ、鳥海山、富士山に次ぐ、全国3例目の国史跡に指定された。
17年前に 2回続けて、
小学生のマサシと登っていて、
いろんなミラクルが ・・・・。![]()
※「Diary 17」 より

「66」は 彼が残したサインでもあり、
この日も 一緒に登っているのを感じていたので、
ソーラーレインボーは、
その印に なっていたのです。![]()
> ここで「1111」(!)
中宮の大講堂は、
四間半四方で屋根はクヌギで葺かれており、
講堂前の広場では 護摩の火が焚かれ、
加持祈祷が行なわれていたという。
ソーラーレインボーを通して、
ツインフレームの存在と愛を感じながら、
しばらく過ごしていたところで、
この木も ダブルツリーに
なっていたことに 気づいて・・・・![]()
> この神気も 感じてみてね。
再び 登り始めたところで、
出てきたのが こちら。
巨石パーク並みの大きさで、
天の岩戸のように、
2つの岩(顔)をくっつけているように 見えた。
> 左(男岩) 右(女岩)
その中に入り、
光を送りながら 祈っていたら、
「11:11」のアラームが・・・(!)
そのタイミングで、登ってきた人がいたので、
写真を撮ってもらう。
> 朝から気温が上がっていて、
グループファイト並みに
全身汗だく状態なり。^^
頂上まで もうひと踏ん張りのところで、
待っていたのは・・・
続きは Page 4 へ。
リアルタイムでは、6月 9日。
今日から 90日間の陰陽和合プロセスが、
始まります。
この日も楽しいことがあったので、
続きも お楽しみに。![]()











