こんばんは
いまひろです。
先日、石上布都魂(いそのかみふつみたま)神社に年末詣に行きました。
山頂の本宮で、今年一年のお礼をお伝えしたあと
お社から離れて磐座の近くに行き、神様にお話しをしました。
本宮
聞いてもらいたかったのは
来年、自分がしたいと思っていることについて。
今の仕事を辞めて
一番したいことをする。
まだ腹が据わってなくて気持ちがグラグラしているけれど
きっとそうすることになる。
どうか見守っていてください。
みたいな感じで
今の気持ちを伝えました。
で。
手を合わせたくなって、その場で手を合わせると
涙がポロポロ ポロポロ こぼれました。
ああ、応援してくれてるんだ。
「それでいい。 思うままに進みなさい。」
そう言ってもらえているように感じて
ますます涙 ![]()
それでね、思ったんです。
神様は 「働け」 なんて言わないんだな って。
世間的には、働くことが当たりまえのようになっていて
私もやっぱり、長年そう思っていました。
だから、働かずに好きなことをする、とゆうのは
多少なりとも ”後ろめたさ” のようなものがあって。
(と言っても、好きなことをしている最中は、後ろめたさなんて皆無なんですけどね
)
でも、違うんですね。
高次の存在が私たちに望んでいるのは
「働くこと」とかではなく、
魂の望みを生きることだったり
幸せであること。
知識としては知っていたけれど
実際に応援してもらえて
「そうなんだ~
」と、新しい風が入ってきたような気分でした。
ま、なにかしらで働くんですけどね。
自分が本当にしたいことを我慢してまでは働かない、とゆうだけで。
神様が何を大切に思っているか、とゆうのがね
社会のそれとは違うとゆうことを実感しました。![]()
「 本当にしたいことをすればいい。」
大きく背中を押してもらえました。![]()
明日も光とともに。 よい一日でありますように![]()

