「私」が生まれてから
「今の私」になるまでを振り返る
『私が「私」になるまでの話』
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《第90話》出産後の心身のダメージは大きく色々あった産院での生活。
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もう1つの魂が目覚める
セカンドソウル心理学
セカンドソウルカウンセラーの
こんのなおみです。
入院中も退院後も、
生後間もない娘は
おっぱいをくわえるけどすぐに口を離したり、
なかなかおっぱいが吸えなかったりして、
搾乳してから哺乳瓶であげたり、
ミルクと併用したりしていました。
たぶんそんな状況は
珍しくないことだと思うのですが、
上の子の時はすんなり完母だったので、
今回もそうなるとばっかり
思い込んでいた私は、
哺乳瓶を手にする度に
なんで?
どうして?
何が悪くてこんなに上手くいかないの?![]()
と、想像とは違う状況を思い悩んでは、
どんどん負のスパイラルに陥ってしまったんです…
今となっては、
生後翌日から上手くいった上の子の方が
珍しかったのかもしれないし、
兄妹だからと同じ経過をたどるとは
限らないよなぁ…と思えるのですが、
当時の私に
そんな考えは全くなく、
「上手くいくはずなのに…!」と言う一択のみ![]()
理想と現実の差が「問題」になる、とは
よく言うけれど、
「きっと今回も完母で上手くいく!」(=理想)
と思い込んでいたからこそ、
そうではない状況を
問題視してしまっていたんですよね![]()
しかも、
退院する時点で
まだ新生児黄疸が残っていたから、
2日おきに産院に行けば、
先生に「ミルクをもっと足してください!」と
言われる始末…![]()
黄疸の改善のためには
ミルクの方がいいし、
ミルクにだって利点はある!と、
先生の話が頭では理解できていながらも、
完母にこだわっていた私は、
母乳をどうにか与え続けながらも
上手く与えられない状況を目の当たりにしては
悩んでいたんです。
しかも、
どうしても母乳を与えたくて
搾乳しては哺乳瓶で飲ませていたから、
産後1週間ほどで母乳は、
片方を搾乳していれば、
反対側のおっぱいからも母乳が出て
下着や服がグッショリ濡れたりする程で、
時には
おっぱいが張る苦しさから、
母乳をパットに絞って捨てるほど…
私の中から出てくる母乳の量は
どんどん増える一方なのに
娘に飲ませられなければ
ミルクも足さなきゃいけない状況に、
もどかしさもあれば
悔しさもあって、
産院で助産師さんと話をすれば
自分を責めて涙…![]()
授乳の時間に搾乳をすれば
その間
大泣きする赤ちゃんに申し訳なくて涙…![]()
![]()
マタニティーブルーの影響も
あったのかもしれないけれど、
悩んでは泣いてばかりいる私の心を
知ってか知らずか、
娘は哺乳瓶を持つ私の手を、
小さな小さな手でギュッと握ってくれたりして、
まだ生まれて数日しか経ってないのに、
泣きっぱなしの私を
慰めてくれているように感じては、
余計に胸がキュッとなる日々を
送っていたんです![]()
だけど、
完母にこだわり続け、
赤ちゃんの様子を観察したり
ネットで見つけた方法を試してみたりした結果、
ある時
赤ちゃんにくわえさせたおっぱいが
引っ張られるような、
赤ちゃんの口がおっぱいに吸いつくような感覚が
あったんですよね![]()
![]()
一度上手に吸えると、
ピタッと口がおっぱいに密着して、
中々おっぱいから離れない娘…![]()
娘が生まれて初めて
おっぱいを吸いながら寝てしまった時には、
なんとも言えない幸せを
胸いっぱいに感じていました![]()
振り返れば、
完母に移行するまでは、
わずか半月ほどのこと。
それでも私には
長い長い道のりだったし、
大きな壁を前にして
なんとか乗り越えた感があったのだけど、
母乳育児の壁を乗り越えた私に、
更に大きな壁があらわれました![]()
それは、2人育児。
まだ2才半で手のかかる息子と
生後間もない娘との生活は、
イライラと涙の連続でした。
