家の周りの茶畑が

お茶刈りのシーズンになってきました。

 



私はこの田舎に引っ越してきて、
この緑色の景色が大好きになりました。

緑色の芽がニョキニョキと伸びて、
日に日に大きくなっていくのを見るのは、とても気持ちが良いです。


今日も、長女を幼稚園へ送りながら、
茶畑のある農道を
1時間、歩きました(*´▽`*)


昨日、
人のことなんてどーでもいい会
に入会して、(→発案者  →発起人 )

私の中で、
自分の人生の舵取りは、自分でするんだ、と、

覚悟を決めました。


その名の通り、
人のことは、どーでもいい。



大事なのは、

自分がどうあるのか、ってことなんだなぁ。
と、あらためて思ったのでした。


それに気づいちゃったら
いつも、登園時間に間に合うように、
せかせかと歩いていた農道も、

重要なのは、「自分がどれだけ楽しいか」。


長女とおしゃべりをしながら
茶畑の隅で、お茶休憩。

長女がダンゴムシを見つけて、
のんびり観察。

私も、楽しいこと、見つけたくて、
キョロキョロ歩く。


「ほらっ!さっさと、歩きなさいっ!!いいかげんにしなさいよ!遅刻しちゃうよ!」
なんて、もう、叱る必要はない。


私が楽しんで歩けば、それでいいのだから。
 

娘は、その、ついで。
私、主人公。
私が人生の主人公。


のんびり歩いたけど、
時間にしたら、いつもと大して変わらない。
いつも通り、幼稚園に間に合った。

 

娘も、元気よく「いってきま~す!」と言い、満足気だった。


ああ、気持ちが良い。

帰り道で、唱える。


私、自分の人生を楽しんでもいい!
自分が一番でもいい!
自己チューでもいいっ!!

私が楽しければいい!!
いっぱい楽しんでもいい!



私、今まで本当にひどい母親で、
娘の心をたくさん傷付けてしまった。

 

 

けど、

 

 

私がひどいことをして、その通り、娘が傷付くこともあるだろうし、

 

私がひどい事をしたと思っていても、

傷付いてない事もあるかもしれない。

 

逆に、

 

私が良かれと思ってやったことで、

娘が傷ついたこともあるかもしれないし、

その通り、嬉しく思ったこともあるかもしれない。

 

 

本当のところは、

 

 

娘本人にしか、わからない。

 

 

今私がしていることが

 

 

娘の将来、

どれがトラウマになって、どれが楽しい思い出になるのか。

 

そんなこと、心配したって

 

その時になってみなけりゃ、誰にもわからない。

 

 

ただ一つあるのは、

 

 

私は、子育てに、必死だった、っていう事実。

一生懸命で、もがき苦しんでいた、っていう事実。

 

それだけ。

 

 

 

だから、私、

 

 

娘のこころの自然治癒力を、信じることにした。

 

 

もし、今までの私の子育てで、ダメな点があったとしても、

 

 

きっと、娘は将来、それを乗り越えるだけの力を持っている。

 

 

私が子育てに不安と焦りを感じていたのは、

 

 

もしかしたら、私が娘のことを信じていなかったからかもな、と、思った。

それと、私自身のことも。

 

 

「私は、自分の人生を楽しんでも、だいじょうぶ。」

 

 

 

人のことどーでもいい、っていうのは、

 

そういう事なのかなぁ、と、

 

歩いてて思ったのでした(^_^)