私、今年に入ってから、気が向いたときにやってることがあるのっ![]()
それは、
娘の幼稚園の送迎に、スッピンで行くことっ![]()
きっかけは、心屋仁之助さんが毎月開催している「Beトレ」で
「やめたいのに、やっていることを、やめよう(意訳)」
っていうお話を聞いて。
それから私、時々スッピンで過ごしてるのー( ゜∋゜)ラクー♪
独身時代、
化粧品会社で働いていた私は
言わば「化粧して装うのが当たり前」
の世界にいたので、
スッピンで幼稚園に行くのは、すごく勇気がいりましたぁ![]()
スッピンで行こうと決めた当日、
もう出かける時間は迫ってるのに、なんだかそわそわ![]()
「口紅だけならいいんじゃないか?」とか、
「眉毛だけは描いとこかーぁ?」とか、
「せめて、ビューラーくらいなら、
教祖様(心屋氏)の教えに反しないでしょ?」
等々、考えながら、
メイクボックスに手を掛け。
でも、出した手を引っ込めて。
部屋をウロウロする。
私はもともと
自分に自信が無いので、
「化粧をしていないとバカにされそう」
「ちゃんとした格好をしていないと、格下だと思われそう」
「きちんとしていないと認められない」
「素のままの私がばれたら、嫌われそう」
と信じていました。
そんなことを信じていたので、
「装ってさえいれば、性格の悪い私でも大切にしてもらえる」と、
大きな勘違いをして、
青春時代にアホなことして過ごしていた時期もありました。
「わたしって、性格悪いけど、けっこうチヤホヤしてもらえるじゃん」と
天狗になっていた時期もありました。
まあ…天狗の鼻は、その後へし折られて、痛い目見るのですが。
(また勇気が出たら書きます)
とにかく、
そんな自分を変えたくて、
スッピンで幼稚園に行くことに決めました![]()
幼稚園につくと、同じクラスのお母さんが一人。
私といつも通りあいさつを交わす。
「あれっ?!気づいてない??
」
そのまま午前中を過ごして
帰り…
ぞくぞくと迎えの保護者が集まる中、
わたしも
うつむきかげんで
サササササササササ~~~~~~ッ![]()
と、子どもの元へ。
そんなときに、「ぐりこちゃ~~~~ん!」と
ボスママに声を掛けられた。
こんなときに限って
・………と、ここまで書いて、書くの面倒くさくなった![]()
なので結果だけ書く。
結局、スッピンで行っても、なーーーんも変わらなかったのよ。
いつもとなーーーーんも変わらなかったし、
周りもそのままだし、
そもそも私がスッピンかどうか、なんて、
他人にとったら、どーーーーーでもいいことだったのよ。
(当たり前だけど)
つーか、
自分がスッピンで行くようになって、気づいたんだけど、
意外と、スッピンで送迎をしてる保護者も多かったのよ。
今までは、目に入らなかったわっ![]()
で、その人たちが
化粧をしていないからバカにされてるか?
認められていないか?
といったら、そんなこと、ぜーんぜん関係ないのよ。
こりゃ、おもしろいねー。
「化粧してなくても愛される人がいる」なんて、
普通に頭で考えたら、あったりまえじゃんww
って分かるのよ。
なのにそれが自分のこととなると、
長年の考え方のクセが、心に染み付いているのねーー。
「装ってない自分はダメ」に変換されて、上書き保存されてるのよ。
頭じゃわかっていても、体感しないと、
その上書き保存を元に戻せないのよ。
おもしろいなー。
それからというもの、私は気が向いたときには
幼稚園の送迎に
スッピンで行ったり、
ユ○クロの部屋着で行ったり、
ボサボサ頭のままで行ったり、
時にオシャレをして行ったり、
しています![]()
これまた、「絶対にスッピンで行くべき」って
ストイックにやってしまうと、辛くなっちゃうからね。
たまにはオシャレもしつつ、やってます。
化粧をしてもいい。
化粧をしなくてもいい。
うーん?
「どちらでもいい」
これって、何事も中途半端がベストってことかね?
良く言うと、ファジー思考?ニュートラル思考?こだわりがない思考?
こだわりなく生きれば、自由になれるって事?
ああ、でも、「こだわりがないことが自由」って言ってる状態こそ、
「こだわることは良くない」って偏った考え方をしてるって事だしなー![]()
「こだわってもいいし、こだわらなくてもいい」ってことなのかねー?
考えは尽きないわぁ~。
とりあえず、今日は
「子どもは早く寝かせるべき」という固定観念を覆すべく、
子どもに夜更かしさせてみるわ―![]()