大宰府 12 大宰府天満宮本殿まで | みどりの木のブログ

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3日おきに更新しています。

新しく写真を追加しています。

 

前回の続きです。

今回は大宰府天満宮本殿までです。

縁日でもないのですが、大勢で

賑わっています。菅原道真が生

まれたのも亡くなったのも25日

なので、25日が縁日です。

参拝したこの日は令和7年11月

8日でした。菅原道真は知恵の

神様なので、時期から考えると、

受験合格が目的かもです。あと

この日は土曜日でした。

 

楼門を潜ったところです。

下図⑤付近です。

正面に⑥の仮殿が見えます。

 

参拝で行列する参拝客です。

 

⑥の仮殿は覆屋の修理中なので、

前立ての仮殿にお参りする仕組みです。

 

現地にある案内板です。

私が参拝した日は令和7年11月8日です。

12月下旬には本殿修理完成で、この仮殿

も撤去されます。

約3年間に亘る御本殿の改修にあたり、

御神霊が御本殿からお遷りになる場所

として、特別な仮殿が建てられました。

建築家である藤本壮介氏は設計に込め

た思いを、屋根の上に草木が浮かんで

いる様子は、周りの自然と調和しなが

ら新しい風景になり、地球温暖化時代

に適していると考えたそうです。

 

仮殿です。

 

ご神体の真上には丸い照明

があります。

 

設計者の藤本壮介氏です。

1971年北海道生まれ。東京大学工学部

建築学科卒業後、2000年藤本壮介建築

設計事務所を設立。2014年フランス・

モンペリエ国際設計競技最優秀賞(ラ

ルブル・ブラン)に続き2015、2017、

2018年にもヨーロッパ各国の国際設計

競技にて最優秀賞を受賞。

 

仮拝殿前です。

 

仮本殿拝殿前です。

参拝では受験合格などの願い

事が多いです。

 

太宰府市のWeb ページより。

仮殿がないときの本殿です。

本殿右に飛梅があります。

本殿は菅原道真が埋葬され

た地です。

 

太宰府市のWebページから、

3月下旬頃の飛梅写真です。

 

太宰府市のWebページから、

2~3月頃の飛梅写真です。

901年に時の右大臣であった菅原道真は、

藤原氏の陰謀により大宰権帥に左遷され

ることとなりました。故郷である都を離

れる日、幼い頃より親しんできた紅梅殿

の梅に、

「 東風(こち)吹かば 

 匂ひおこせよ

 梅の花 

 あるじなしとて 

 春なわすれそ    」


と詠いかけました。主人(道真)

を慕った梅は、道真が大宰府に

着くと、一夜のうちに道真の元

へ飛んで来たといわれています。

これが有名な飛梅伝説ですが、

もうひとつ別なお話があります。
  伊勢国度会の社人である、白

太夫という人物が、道真を慕

っ て大宰府に下るとき、都の

道真の邸宅に立ち寄り、夫人

の便りとともに、庭の梅を枝分

けして持ってきたそうです。

道真は都から取り寄せたことを

ふせて、「梅が飛んできた」

ということにした、とも言われ

ます。

 

昇殿して参拝する人達もいます。

 

昇殿しています。

 

下図⑦付近から⑤方向です。

仮拝殿横から楼門方向です。

 

 

今回はここまでで、次回が

最終回です。

 

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