昨日は取材で外出していましたので、
みなさんのブログを見に行けませんでした。
前回の続きです。
今回は堀跡から三の丸までです。
下図A付近にある錦橋です。
下図錦町通りと妙慶川が交差
する場所に架かる橋です。
錦町沿いの堀は埋め立てられ
てありません。
E付近にある地図です。
川を利用した堀なので、
今も残ります。
AからB方向の堀跡である
妙慶川です。下図にある
ように江戸時代はもっと
川幅が広かったようです。
現在と江戸時代の重ね図です。
川沿いに進むと
下図⑦の相橋です。
武士はこの橋を使って、
鳥羽城に登城していま
した。城の陸側の玄関
口でした。
古来は志摩国と伊勢国
の国境でした。
下図のように相橋口門の
陸側に武家屋敷が並んで
います。
江戸時代の古絵図です。
上図CからD方向は
CからD方向です。
橋の護岸には野面積の石垣
があります。今も残る江戸
時代からの石垣です。
古い石垣はほとんど無いの
ですが、数か所だけ残って
います。
上図⑨の唐人門跡は
唐人門跡です。
冠木門の唐人門跡は、妙慶川の
河口付近、船着場として設置さ
れた江戸時代の船着場です。
E付近に行くと
下図E付近です。
ここの石垣も新しいものです。
Eから石段を上がると
城山公園ですが、先に
ピンクの線に沿って
上図Fへ行きます。
F付近から城山公園
方向は
F付近から城山公園方向です。
反対側の海の方向は
F付近から海方向です。
江戸時代の古絵図です。
G付近に行くと
G付近から山方向です。
見えるすべての石垣は
模擬石垣です。
Googleマップです。
大手水門跡は鳥羽水族館に
なっています。
三ノ丸広場です。
九鬼家の家紋である左三つ巴です。
大手水門から三の丸付近です。
二の丸より高い所に三の丸が
あります。
三の丸広場にある案内図です。
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