志苔館(続日本100名城) 5 最終回 眺望 | みどりの木のブログ

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3日おきに更新しています。

前回の続きで、今回が最終回です。

今回は眺望です。

 

下図⑭から⑨大手門跡方向です。

 

⑮付近に行くと

土塁が⑮付近は低いので

ここから眺めることにします。

 

⑮付近から⑭方向です。

この反対側は

 

 

低い土塁⑮からの眺めは


志海苔漁港が見えます。

水平線の向こうには下北半島が

見えます。

 

カメラを左に少し回すと

 

ズームUPすると

 

下北半島がよく見えます。

カメラを右に回すと

 

二重の堀の先の海の

向こうには函館山が見えます。

 

ズームUPすると

函館山と函館の町が見えます。

 

=は養子関係

その後の志苔館館主家の小林家は

末裔が松前藩士として続きました。

それも足軽などの下級武士ではな

く上級武士でした。良明は優秀な

婿養子をもらい、養子の長裕は、

奉行や家老格になっています。

 

江戸時代の松前藩は

北海道開発局のWebページから引用

 

1604年に松前藩は徳川家康から、

アイヌ人と和人の交易についての

管理権を黒印状として与えられま

す。和人が蝦夷地に定住すること

を禁止します。

アイヌ人と和人の交易場所を松前

城下に限定します。また交易は必

ず松前藩を通すこととし、北海道

産物は松前藩が独占して、和人商

人に販売しました。

道内で金が発見されて、採掘した

金も松前藩の収入になりました。

米の収入は無いけれども、松前藩

は江戸後期には、石高3万石相当

ですが、実質10万石以上の豊かな

藩となっています。

 

これで志苔館跡の紹介は終りです。

次回からは根室半島シャチ跡(日本

100名城)の紹介です。

 

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