前回の続きです。
今回は最終回で上の国八幡宮と旧笹浪家です。
上の国八幡宮の鳥居前です。
奥に本殿覆屋が見えています。
拝殿・本殿は覆屋の内部に建
立されているため外部からは
見学できません
これが本殿です。上ノ国町のWeb
ページよりお借りしてます。
上ノ国八幡宮は
1473年に武田信広が勝山館内に、
館神として創建した社で、北海道
神社史上貴重な存在です。外から
見えるのは覆屋です。
本殿は元禄12年(1699年)の
建立で、北海道内に現存する神社
の建築では最古に属します。
明治9年現在地に本殿を遷しまし
た。伝説大蔵鰊の若宮社を合祀し
ています。
松前家13代道広・14代章広の書
が社宝として伝えられているほか、
福井特産笏谷(しゃくだに)石製
の狛犬が社殿奥深く祭神を護って
います。
勝山館内の館神八幡宮跡です。
本殿を遷す前にあった場所です。
ここも本殿に礎石造りの覆屋
がありました。
鳥居の右側には旧笹浪家の土蔵
と米・文庫蔵があります。その
他に合計7棟の蔵があったそう
です。
現在地にある案内板です。
上図の現在地付近から撮影しました。
鳥居の左側に旧笹浪家の住宅があり
ます。
旧笹浪家住宅です。
1800年代前半の建築です。
冬風が強いので、石置屋根に
なっています。屋号は能登屋
と言われました。
松前藩政下で民家にヒノキ材
を使えませんでした。なので、
ヒバ材を使用しています。
貰ったパンフレットから説明
すると、
笹浪家の間取図です。
内部の様子は
内部の様子です。
中央が通り庭です。
右側は使用人の部屋で、
左側は6cm高い板間
で、主人家族の居室部
で、部屋2室は寝室で
した。
国重要文化財旧笹浪家住宅です。
笹浪家は上ノ国で代々鰊(ニシン)
漁などを営んできた旧家です。
初代は享保年間(1716~1736年)
に能登国笹波村(現石川県珠洲市)
から松前福山に渡った後、上ノ国
に移り住みました。
この旧笹浪家住宅は、19世紀前期
に五代目久右衛門(4代目の婿養子)
が建てたもので、北海道に現存す
る民家建築としては最も古いもの。
北海道の日本海沿岸に今も残る、
ニシン番屋の原型とも言われてい
ます。
8代目久右衛門は家業の刺網魚の
他に、荒物・小間物を販売してい
ました。文久年間には村名主も務
めています。慶応2年にはじめて
建網魚を営みました。
当時の松前藩主に金銭を献上して、
名字帯刀を許され、式日登城お目
見得もゆるされました。
明治初めには「全道中の漁家の旧
家」と称されました。
平成4年には、当時のニシン漁の
繁栄を今に伝える貴重な建物とし
て、主屋と附属土蔵が重要文化財
に指定されています。
また、平成17年4月から附属する
米・文庫蔵(嘉永元年建設)を、
上ノ国の歴史をたどるガイダンス
施設として公開しています(平成
30年度に重要文化財に追加指定)。
周辺で発見されたアイヌの大切な
祭祀具イクパスイや弓、法力でニ
シンを呼び寄せたという大蔵鰊の
伝説を思わせる祈祷具・鉾形代、
北海道で唯一文字の判読できた
木簡(木の荷札)など江戸時代
のアイヌと和人の関わりを物語
る資料展示されています。
米蔵には、200年余り前に道南
を旅した菅江真澄の跡をビデオ
でたどるコーナーがあり、その
時代を楽しむこともできます。
(パンフ及び上ノ国Webページより)
今回はここまでで、次回からは
東の端にある志苔館紹介です。
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