手水舎の画像追加したのと、
二行加筆したので再UPしました。
昨日の続きです。
今回から偕楽園の紹介です。
今日は農人形と常盤神社です。
常磐(常盤、ときわ)とは永久
不変な岩の事を指し、転じて
永久不変なことを指します。
下図①の偕楽園駐車場です。
水戸城と偕楽園の地図です。
偕楽園を拡大すると
偕楽園の東半分の地図です。
上図①から②方向です。
人がいる所に行くと
農人形があります。
解説で徳川斉昭の歌があります。
「朝な夕な いひ(飯)食ふごとに
忘れじな 恵まぬ民に 恵まるる身は」
斉昭は民の生業を気にして、領内の
巡回などをしていました。前回の野口
雨情の実家にも行き、先祖にもあって
います。徳川斉昭は百姓を知ろうと、
銅で小さい農人形を自作したそうです。
部屋住みのころから「お百姓」と言って、
食事の時に、お膳の上に農人形をのせ
て、笠の中に飯粒を入れて、感謝の心
をささげてから食事をしたそうです。
明治維新後の水戸藩主:昭武公は、
父が斉昭で、母の睦子夫人は公家で
大納言の萬里小路建房の息女でした。
兄の将軍徳川慶喜の母は、吉子女王
(有栖川宮織仁親王王女)でした。
本物の農人形は常盤神社の宝物館
にあります。
農人形の横にある御田です。
上図②から③方向です。
石段を上がる途中に陶器製造所跡
の石碑があります。
坂にあるので、登り窯があったので
しょう。
石段を上がった③の所です。
正面に常盤神社が見えます。
石段の横には下図「義烈館」の
案内板があります。
④の所には常盤神社案内板
があります。
下図にある手水舎です。
常盤神社境内案内板です。
常盤神社の解説板です。
御祭神は徳川光圀と徳川斉昭です。
明治7年までは偕楽園の祠堂に祀ら
れていましたが、明治7年5月12日
に、明治天皇の勅旨をもって、常盤
神社に祀られました。
常盤神社です。
上の絵図にない鳥居です。
まずは最初にお参りします。
社務所です。
能楽堂です。
本殿です。
ここでお参りしました。
今回はここまでで、明日に続く
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