偕楽園 1 農人形と常盤神社  | みどりの木のブログ

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3日おきに更新しています。

手水舎の画像追加したのと、

二行加筆したので再UPしました。

昨日の続きです。

今回から偕楽園の紹介です。

今日は農人形と常盤神社です。

常磐(常盤、ときわ)とは永久

不変な岩の事を指し、転じて

永久不変なことを指します。

 

 

下図①の偕楽園駐車場です。

 

水戸城と偕楽園の地図です。

偕楽園を拡大すると

 

偕楽園の東半分の地図です。

 

上図①から②方向です。

人がいる所に行くと

 

農人形があります。

 

解説で徳川斉昭の歌があります。

「朝な夕な いひ(飯)食ふごとに

忘れじな 恵まぬ民に 恵まるる身は」

斉昭は民の生業を気にして、領内の

巡回などをしていました。前回の野口

雨情の実家にも行き、先祖にもあって

います。徳川斉昭は百姓を知ろうと、

銅で小さい農人形を自作したそうです。

部屋住みのころから「お百姓」と言って、

食事の時に、お膳の上に農人形をのせ

て、笠の中に飯粒を入れて、感謝の心

をささげてから食事をしたそうです。

明治維新後の水戸藩主:昭武公は、

父が斉昭で、母の睦子夫人は公家で

大納言の萬里小路建房の息女でした。

兄の将軍徳川慶喜の母は、吉子女王

(有栖川宮織仁親王王女)でした。

本物の農人形は常盤神社の宝物館

にあります。

 

農人形の横にある御田です。

 

 

 

上図②から③方向です。

 

石段を上がる途中に陶器製造所跡

の石碑があります。

坂にあるので、登り窯があったので

しょう。

 

石段を上がった③の所です。

正面に常盤神社が見えます。

 

石段の横には下図「義烈館」の

案内板があります。

 

④の所には常盤神社案内板

があります。

 

下図にある手水舎です。

 

常盤神社境内案内板です。

 

常盤神社の解説板です。

御祭神は徳川光圀と徳川斉昭です。

明治7年までは偕楽園の祠堂に祀ら

れていましたが、明治7年5月12日

に、明治天皇の勅旨をもって、常盤

神社に祀られました。

 

常盤神社です。

上の絵図にない鳥居です。

まずは最初にお参りします。

 

社務所です。

 

 

 

能楽堂です。

 

本殿です。

ここでお参りしました。

 

 

今回はここまでで、明日に続く

 

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