貝塚寺内町  14 最終回 豪商と並河家 | みどりの木のブログ

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3日おきに更新しています。

昨日の続きです。

今回も豪商と並河家の紹介です。

 

下図⑧付近の御下通(旧紀州街道)です。

 

左側が北小学校で、右側⑧には土蔵4棟

もある、江戸時代に両替商をしていた、

豪商の家がありますが、文化財に指定さ

れていません。

 

寺内町北側の地図です。

右がほぼ北です。

 

右がほぼ北です。

 

主屋が見えています。

 

反対側の南端から撮影しました。

手前の土蔵は人が住んでいるようです。

 

次に⑨の並河家です。

 

右がほぼ北です。

 

⑨にある並河家です。

並河はり灸院になっていたので、

写真を撮り忘れていました。

(グーグルストリートビューより)

右端に願泉寺が見えます。

 

並河家です。この主屋は1832年の建築です。

(グーグルストリートビューより)

 

当家住宅は、願泉寺の門前通りであ

る「御坊前通り」に西面します。敷地

は間口8間半、奥行21間で、主屋は

間口一杯に建っています。その外観

は町屋形式ですが、内部構造は玄関

入ると、土間と部屋の境に式台が設

けられ、商家の町家とは趣を異にし

ます。

 

並河家は三代彦左衛門正文が老役

をつとめたのをはじめ、貝塚寺内の

地頭であった願泉寺卜半家の内家

来として代々その要職をつとめた家

柄です。明治4年(1871年)2月の

作成と考えられる同家歴代の覚書

には、初代文六正在は丹波国の生

まれで、元禄12年(1699年)に、

卜半家六代了友に召し抱えられた

とあります。以後六代琢磨正まで、

卜半家の家来をつとめ、明治時代

以降も貝塚町や泉南郡役所の役

人をつとめました。
 

これで貝塚寺内町の紹介は終わりです。

次回は泉大津の旧家田中家紹介です。

 

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