昨日の続きです。
今回も豪商と並河家の紹介です。
下図⑧付近の御下通(旧紀州街道)です。
左側が北小学校で、右側⑧には土蔵4棟
もある、江戸時代に両替商をしていた、
豪商の家がありますが、文化財に指定さ
れていません。
寺内町北側の地図です。
右がほぼ北です。
右がほぼ北です。
主屋が見えています。
反対側の南端から撮影しました。
手前の土蔵は人が住んでいるようです。
次に⑨の並河家です。
右がほぼ北です。
⑨にある並河家です。
並河はり灸院になっていたので、
写真を撮り忘れていました。
(グーグルストリートビューより)
右端に願泉寺が見えます。
並河家です。この主屋は1832年の建築です。
(グーグルストリートビューより)
当家住宅は、願泉寺の門前通りであ
る「御坊前通り」に西面します。敷地
は間口8間半、奥行21間で、主屋は
間口一杯に建っています。その外観
は町屋形式ですが、内部構造は玄関
入ると、土間と部屋の境に式台が設
けられ、商家の町家とは趣を異にし
ます。
並河家は三代彦左衛門正文が老役
をつとめたのをはじめ、貝塚寺内の
地頭であった願泉寺卜半家の内家
来として代々その要職をつとめた家
柄です。明治4年(1871年)2月の
作成と考えられる同家歴代の覚書
には、初代文六正在は丹波国の生
まれで、元禄12年(1699年)に、
卜半家六代了友に召し抱えられた
とあります。以後六代琢磨正まで、
卜半家の家来をつとめ、明治時代
以降も貝塚町や泉南郡役所の役
人をつとめました。
これで貝塚寺内町の紹介は終わりです。
次回は泉大津の旧家田中家紹介です。
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