昨日の続きです。
幕末の上田藩は
藩主の松平忠礼は第6代藩主・松平忠固の三男として生まれました。
兄が早世したために世子となり、安政6年(1859年)に父が急死した
ため、松平忠礼が藩主となります。亡父は幕政に参与して藩政を顧み
ずに江戸で金を使い、藩財政が悪化していました。
その上、若年相続のため、藩内抗争が激化して、慶応4年(1868年)
の戊辰戦争では、明治新政府側に恭順して北越戦争と会津戦争に出
兵し、戦功により翌年に賞典禄3000石を下賜されます。また、明治2
年(1869年)6月には版籍奉還を経て上田藩知事となります。しかし、
明治2年8月16日には、百姓一揆(世直し一揆)が起こるなど、藩内は
無秩序になります。同年11月に一揆のほとぼりがさめたので、首謀者
を捕え処刑しました。明治4年(1871年)7月14日廃藩置県で藩知事
を免職されます。同年11月、上田県は長野県に吸収され消滅します。
明治7年には上田城の売却が始まります。忠礼は弟とアメリカの大学
に留学しています。帰国して東京で役人となり、明治13年(1880年)
から外務省御用掛・外務省取調局に勤務します。明治17年(1884年
)の華族令で子爵となります。明治23年(1890年)の第1次帝国議会
で貴族院議員に選出されるも、忠礼は辞退しています。明治28年3月
19日に死去します。享年46で実子はなく、弟の土井忠直の次男・松平
忠正(1886年~1963年)を養子に迎えて跡を継がせました。忠正の
ときに敗戦で、華族制度は廃止されました。
松平忠礼の明治元年の古写真です。
松平忠礼の弟の写真です。
幕末の上田藩松平家の分限帳です。5万石程度なので、
藩士の最大の石高は500石程度です。名字が藤井とあ
るのは、藤井松平氏なので、藤井を名乗っているのでし
ょう。石高の武士は領地の村が決まっての石高なので、
実収は年貢として受け取れるその半分程度です。扶持
米の武士は領地が決まってないので、藩から直接米を
貰っていました。(1人扶持は1.75石、1石は1.2両で
約19万2千円程度です。)
例えば、100石取の武士の収入は100×0.5×19.2
万円で、現代の収入では960万円です。使用人がいる
ので、さらに低くなります。屋敷の庭を畑にして使用人に
耕作させていました。また、武家屋敷は藩所有の公舎で
した。
次に、藩士の赤松小三郎です。
横浜在住のイギリス騎兵士官より騎兵術、英語を学びます。
慶応2年(1866年)に京都で私塾を開き、英国式兵学を教えます。
門下生には、薩摩・肥後・会津・越前・大垣などの各藩士から新選組
の隊士までが含まれていました。さらに、薩摩藩から兵学教授として
招聘され、京都の薩摩藩邸において中村半次郎・東郷平八郎らの、
約800人に英国式兵学を教え、藩士たちの練兵も行ないます。また、
薩摩藩の兵制を蘭式から英式へと改変するのに指導的役割を果た
しました。また会津藩士の山本覚馬より会津藩洋学校の顧問就任を
依頼され、友人の西周と共に会津藩洋学校の顧問を務めました。
慶応3年9月3日に政治活動もしていたので、上田藩に帰国の途上
暗殺されました。京都・東洞院通りで薩摩藩士で門下生であった、
中村半次郎と田代五郎左衛門に暗殺されました。中村半次郎は日
記で「幕奸」(幕府のスパイ)だから斬ったと記述しています。教え子
に殺されるとは悲惨な話です。
現在の真田神社が松平神社と書かれています。
明治時代の上田町です。上田城は売却されたので描かれていません。
藩主御屋形は旧制上田中学校で、中屋敷は高等女学校になっていま
す。第2次大戦後は、高等女学校が少し北にある染谷台に移転して、
染谷台高校になりました。
明治の市内の風景は
明治天皇御幸のために、新築された上田街学校です。
屋上バルコニーの白いズボンの人が明治天皇かも知
れません。明治31年には焼失します。
上田中学の校舎となっていた頃の常磐城学校です。
明治12年の郡役所です。
明治2年一揆で焼けましたが、大正期の上田一の繁華街である、
海野町です。
二ノ丸橋を土橋からコンクリート橋に改修工事です。
堀底を走る上田温泉鉄道列車です。現在は遊歩道です。
昭和2年の堀を埋めて造った児童公園です。
上田は養蚕が盛んで、繭の出荷風景です。
江戸時代から養蚕が盛んで、1757年の養蚕技術指導書です。
発行部数3000を超えて、これが維新後に日本有数の養蚕地に
なった理由の1つです。
商店の引き札(宣伝ポスター)です。
戦時中の愛国百人一首です。
軍人将棋ゲームです。玉将が大将になっています。
続いて、大河ドラマ館(旧上田市市民会館)紹介です。
二ノ丸東虎口から撮影しました。
大河ドラマ館の手前には沢山の屋台があります。
本丸東虎口前から撮影しました。
大河ドラマ館の内部は
もらったパンフレットから引用しました。
内部は1か所だけ撮影出来ました。
この位置です。
あとの写真が無いので、ドラマ館はここまでです。
今日はここまでです。明日からいよいよ本丸紹介です。
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