昨日の続きです。
今日は二の丸の残り2つの虎口を紹介します。
最初は北虎口跡です。
昨日も書いたのですが、仙石忠政が病没の
ために、二の丸は石垣だけで、櫓は造れませ
北虎口跡石垣です。二ノ丸内から見たところです。
絵図の上の方に北虎口があります。
北虎口の説明板です。
発掘調査の写真です。向こうに百間(180m幅)堀が見えます。
赤丸が北虎口です。1647年の地図です。
現在は北虎口の左側の堀は、陸上競技場と野球場になっています。
右側は児童公園になっています。
左に曲がって進むと
陸上競技場となっている百閒掘跡が見えます。
百間堀跡です。
この堀に注ぐ水は、神川用水から引いています。
用水からの注ぎ口が見えます。左側が百間堀です。
土橋に埋めた、百間掘りへの注水口です。
前方の北虎口の方に戻ると
二ノ丸北虎口の外から見たところです。
次に、二ノ丸西虎口です
橋の手前が二の丸西虎口です。橋の向こう側には
小泉曲輪がありました。
西虎口の解説板です。現在石垣は残っていません。
赤丸が西虎口です。橋の上側が百間堀です。
二ノ丸西虎口外の橋から西虎口跡をみたところです。
この橋の左側は百間掘でしたが、野球場になっています。
石垣さえなくなっている残念なところでした。
陸上競技場の南に上田招魂社があります。
戦没者を祀る上田招魂社です。
最後に本丸土塁の鬼門除けです
隅欠の解説板です。
小さいですが、古地図①の場所が、
本丸堀にある隅欠部分です。
この本丸部分には、二棟の隅櫓がありました。
古地図参考で現在はありません。小さいですが、
上の古絵図から二ノ丸堀にも②の隅欠があり、③は林でした。
きょうはここまでです。明日は二ノ丸内にある、
上田市立博物館の紹介です。
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