江戸東京博物館の紹介3 大名屋敷と御長屋の生活 | みどりの木のブログ

みどりの木のブログ

3日おきに更新しています。

昨日の続きです。
江戸の大名屋敷は、大名が江戸で生活するための
屋敷で、藩主が江戸に滞在している時は、上屋敷が
藩政治の中心でした。

 ために、参勤交代に従って、江戸に来た家臣たち
の居住空間も設けられていて、屋敷の境界に塀代
わりとして建てられた長屋内を区分して、身分差に
応じて部屋が割り当てられました。町人が居住する
長屋と区別するために、 『御長屋』 と言われてい
ました。
 外周の御長屋の多くは二階建てでしたが、
部屋が不足する場合は、屋敷内に御長屋が建てら
れていました。
 御長屋の居住者は単身赴任が基本
で、藩から貸与される役宅であるため、勝手な改造
はできません、ゴミの出し方など細かい規則が設け
られていました。
ただし、幕府との交渉や大名屋敷
の維持管理に携わる江戸常駐の家臣は、江戸での
家族生活が認められており、個別に屋敷を与えられ
る場合がありました。


最初にUPした、松平忠昌の大名屋敷の御長屋


その上屋敷の平面図ですが、一部は能役者の楽屋になっています。



赤門で有名な加賀100万石の前田家の上屋敷です。
大御門とあるのが、東京大学の赤門です。
10万坪といえば33haもの広さです。屋敷の周囲だ
けではなく、御長屋は内部にもたくさんあります。  

家臣にも立帰り(江戸に着くとすぐに国許に帰る)
・江戸詰(大名の帰国まで江戸で勤務)・定府の
3形態がありました。御長屋に居る武士は江戸
詰の人達がほとんどです。


参勤交代の例ですが、鳥取から江戸まで20日
かかっています。

最後に御長屋での暮らしを描いたものです


坪庭をみる武士

仲間と宴会をしている様子


囲碁を楽しんでいる様子


夕涼みする勤番武士

この部屋は3階にあるのでしょうか?


下屋敷にも御長屋があります


今日はここまでです
明日は町人の暮らしです。

読者登録の方には、すべて読者相互登録します。登録よろしく
たいへんお手数をおかけして、申し訳ないですが、
ブログボタン押しよろしく→お願いします。
にほんブログ村

ブログボタン押しよろしく→
お願いします。
街・建物写真 ブログランキングへ