赤穂城下町の紹介 | みどりの木のブログ

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3日おきに更新しています。

前回の続きです。
まず城下町の町屋の紹介です。


本町筋の辺りを歩きました。正面奥が赤穂城の3の丸です。


本町筋は赤い点々を付けた通りです。(南北逆の地図)


左に万福寺が見えます。


万福寺

さらに歩くと


上の地図の現在地と書いたところです。
地図は南北逆ですので注意してください。
行き止まりには有名な花岳寺があります。


花岳寺の山門です。


説明板


本堂です


庫裡とかです


このお寺にある鳴らずの鐘です。
第2次大戦では全国のお寺の鐘は供出させられますが、
このお寺は赤穂義士ゆかりと言うことで、赤穂市内では
この鐘だけが供出を免れました。


北を上にしたので字が逆になりました。

続いて、赤穂と言えば塩田です。
赤穂城が5万石でも立派なのは、塩の製造販売を
していたからと言います。忠臣蔵でも金持ち藩なの
にケチな事をすると、吉良には思えたでしょう。
同じ5万石の龍野藩の龍野城と比較して立派さが
分かります。
龍野城の紹介はここのリンクです。
そのドル箱産業の紹介です。


赤穂の塩田開発の歴史地図です。
ピンク色が浅野氏時代開発の塩田です。鎌倉時代までは
小規模な塩田しかないのに、池田氏時代に大規模開発が
行われています。浅野氏時代にも大規模開発されています。
赤穂城と比べるとその大きさが分かります。
絵図右下の所には赤穂海浜公園があり、当時の塩田が再現
されています。この場所は浅野氏が開発した塩田です。


公園の入り口です。
入ると


広い公園です。江戸時代はすべて浅野家の開発した塩田でした。


公園の一角に江戸時代の再現塩田があります。
手前が入浜式の塩田です。満潮時期に海水を取り入れ、太陽
を利用して、海水の水分を蒸発させます。濃くなった海水を後ろ
の施設で塩にします。揚げ浜式のように海水をくみ上げる手間が
いりません。赤穂は江戸時代主流の、入浜式の利用できる土地
が多かった。


左に見えるのが流下式で、ポンプを使用して海水をくみ上げ、
上から垂らして蒸発を早めます。入浜式に比べると労働者数
が10分の1程度で作業できます。電気の普及した昭和30年
以後に普及しました。その後、イオン交換膜法の利用により、
昭和47年に流下式は消滅します。
 近年、海水がきれいになってきたので、海水を使う製塩が
禁止されていたのが解除されて、多くのミネラルを含む天然
の塩が見直されています。


ここが製塩の施設です


施設の見取り図です。
かん水とは天日で濃縮した海水です。


製塩の説明板
この公園の中には製塩作業を体験できる施設があり、
そこで塩を造りました。


施設内で説明を聞きました。
次に煮出し作業をします。


かん水を煮出しているところ


撹拌しながら煮出して、塩になりました。