オランダ支配のマラッカ | みどりの木のブログ

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3日おきに更新しています。

初めに、以前6月21日紹介した富田林の灯籠祭り
が8月31日(土)午後6時半からあります。


 オランダは1641年にジョホール州の王様と協力して、
ポルトガルから支配権を奪ったのです。EUで1618年から
1648年に戦われた30年戦争はカトリックとプロテスタント
の宗派の戦いでした。オランダはキリスト教ですが、ポルトガル
のカトリックと違い、プロテスタントの宗派です。なので、
ここでも戦っていたのです。
 そのため商業優先でキリスト教の布教とか、現地の支配を
二の次にしていました。それがイスラム教徒中心のこの国で
支持されてジョホール州の王様と協力できた原因と思います。
日本でも徳川家康がヨーロッパではオランダだけとは交易し
たのと同じです。オランダは島原の乱でイエズス会信者が
原城に立てこもった時に、幕府に頼まれて原城を船から砲撃
しています。

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現在のマラッカ中心部

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1700年頃のオランダ支配のマラッカです。右の丘の周りに
5mの城壁があります。これはポルトガルが造った城壁で
オランダは城壁とか丘上のセントポール教会(イエズス会建築)
を再利用しています。


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現在のマレーシア地図です。ボルネオ島一部を含めて
13州あります。しかし、王様がいるのは8州だけで
す。州には州章・州旗などもあります。理由は前回
説明しました。


 スタダイスとはオランダ語で「議事堂・市役所」
を意味します。マラッカ支配の1641年から
9年後オランダが1650年に完成させた建物です。
スタダイスはマラッカを植民地として占領統括した
オランダが行政を指揮する役所、および統括責任者の
官邸として18世紀まで利用されていました。
オランダの東南アジアの支配拠点はインドネシアの
バタビアなので、ここには軍の司令官を置いていま
せん。


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丘上のセントポール教会です。奥の屋根のある部分地下に
一時期フランシスコ・ザビエルの遺体が安置されていた。
写真の白い檻の地下です。世界遺産としてここは大切な
所です。マレーシアで一番古い教会です。


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オランダ人の建築である。ムラカキリスト教会です。
この教会はプロテスタントの建築です。右の工事中の建物がスタダイスです。
現在は博物館として整備されています。


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工事中のスタダイスです。世界遺産なので大事にされてます。

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ムラカキリスト教会前に並ぶ3輪の自転車タクシー
は造花で飾られていて、観光名所めぐり用として
利用されます。料金は話し合いで決めるとのことで、
相手の顔を見て良心的な人を選びましょう。


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この時計台は19世紀イギリス支配のムラカで、
華僑の大富豪が記念に建てた物です。時計は初め
イギリス製でしたが、今のムーブメントは日本の
セイコー製です。


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中国人町にある青雲亭の門と通路です。青雲亭は1400年
頃に中国の宦官である鄭和(ていわ)が大船団を指揮して、
マラッカに停泊したとき、記念に中国から持ってきた資材で
ここに建築したと言われています。マレーシアで一番古い
中国のお寺です。それでここに華人の町ができます。



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青雲亭の内部です。拝む所が3箇所あります。
写真右が商売繁盛の神様。中央がやさしい顔立
ちの何でも助けてくれる神様。左が海旅の安全
を守る神様です。当時の華僑の人たちはここで
心のやすらぎを得ていました。


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