だいぶ前に書いた
おじいちゃんのことを書いた記事を
どなたかが読んで下さったことを知り
久しぶりに読み返してみました
それからというもの
おじいちゃんのことを何度も想い出し
まだ書きたいことがあるんだな~
と思いました
おじいちゃんを想い出していたら
小さい私が、ちょこちょこと
顔を出し始めました
私は幼少の頃
母と母方の祖父母と一緒に暮らしていました
私はおじいちゃんが大好きで
仕事から帰ってくると、嬉しくて
いつも、まとわりついていました
夕飯が終わり
お茶を飲みながら
新聞を広げているおじいちゃんに
私はいつも、全力でタックルをして
構って欲しいアピールをしていました
仕事から帰り
疲れていたと思うのですが
おじいちゃんは
いつも遊んでくれました
草花が好きだった
おじいちゃんの庭には
たくさんのお花が咲いていました
一番印象に残っているのは
金蓮花です
花が終わり、種ができて
私はその種を採るのが
楽しみでした
種の固まりに触れると
簡単にほぐれるのが
採ってもいいサインです
私は、待ちきれなくて
まだ青くて固い種も採ろうとして
おじいちゃんに「それは、まだだ~」と
いつも言われていました
種(実)を結ぶのも
それを採るのも
時期というものがあるということを
おじいちゃんは言いたかったのでしょう
種を採った手から香る
金蓮花の匂いと
庭の外に、たくさん咲いている
ルピナスの匂いが
おじいちゃんの庭の匂いでした
私が二十歳くらいの頃
おじいちゃんは町内の行事で
泊まりがけで出掛けることになりました
その頃は別々に暮らしていましたが
私は用があって
おじいちゃんの家に泊まっていました
朝ご飯はバスの中で
とのことだったので
私は前日、おじいちゃんに
「おにぎりを作るよ」と言いました
ずっと、おじいちゃんに何かしたいと
思っていたので
そのチャンスが来たと思いました
ところが当日
私はすっかり寝坊をしてしまい
起きたとき
おじいちゃんは出かける直前でした
動揺しながら謝る私に
おじいちゃんは
「パンを買うから大丈夫だ~」
と言ってくれました
このことを思い出すたび
おじいちゃんをガッカリさせてしまったという思いになり、辛かったのですが
この記事を書いて
読み返している内に
辛い思いが、出てこなくなっていました
私は、人をガッカリさせることが
とても怖かったのです
その奥にあるのは
人に嫌われる恐怖でした
もう、誰かをガッカリさせないよう
この出来事を忘れないように
心に刻み
自分を罰していたのだと思います
このこと以外でも
自分にも他人にも厳しい見方をして
厳しい世界を投影していました
数々の困難の理由は
自分に厳しいだけだった…
ということなんだと思います
私のあるがままを認めていきたいと
改めて思いました
高齢になったおじいちゃんは
入退院を繰り返すようになりました
お医者さんや
いろいろなことで
看護師さんのお世話になり
「仕事とはいえ、本当に頭が下がる思いだ ありがたい」
と母に言っていたそうです
おじいちゃんは
少しだけ鎧を感じる所もあったけれど
人のお世話になることを受け入れ
感謝して
柔らかくなっていったのかな
と思います
死んだら宇宙に行く気がする
と言っていたおじいちゃんですが
スターシードだったのかも
知れません
この記事は
何度も書き換えがありました
ひとつの記事に
ここまでじっくり取り組んだのは
初めてです
内側としっくり来ているかどうかを
感じながら
言葉の表現をさしかえていくことは
愉しく、スッキリする作業だと
思いました
いつもありがとうございます





