神仏同士でケンカをすることは……ありません。
神仏が、力ずくで相手(神仏や眷属)を懲らしめる、ということもないです。
たとえ話で説明します。
Xさんという人物がいたとします。
XさんはA神社の神様に、ものすごーーーーーく可愛がられています。
もちろん、ご縁もいただいています。
そのXさんが、ひとりでハイキングに行きました。
山歩きの途中で、B神社を見つけます。
小さなこじんまりとした神社で、荒れ果てています。
お社はボロボロで、参拝している人はいなさそうです。
Xさんはそこで思います。
「神様の波動が感じられないから、この神社に神様はいないんだな」
Xさんはそこでトイレに行きたくなりました。
もしも人が通った時に見えないようにと、お社の後ろにまわります。
するとそこに、やや大きめの石が祀られていました。
昔のご神体かな? と思いましたが、神様はいないと感じているXさんにとっては、それはただの石です。
我慢ができなくなったXさんは、その石のところで用を足します。
そのまま謝罪をせずに、Xさんは神社をあとにしました。
でも実は……その石はご神体でした。
ご神体に放尿されたB神社の神様は怒ります。
しかし、それよりももっと激しく、猛烈に怒るのが眷属です。
この失礼な行為を許すことはありません。
Xさんはいきなり体の具合が悪くなります。
なかなか体調がよくならないXさんは、A神社に行って平癒をお願いしました。
A神社の神様はすぐに気づきます。
ああ、これはB神社の眷属のしわざだな、と。
A神社の神様は、ご縁を与えているXさんのために、B神社の眷属を懲らしめることが簡単にできます。
強烈な力を持っている、とても大きな神様だからです。
B神社の眷属は、そんなに大きな存在ではなく、力もそこまでではありません。
ですから、懲らしめようと思えば、簡単にできるわけです。
けれど神様は、相手が「魔」などの、本格的に悪いものでなければ、力ずくで懲らしめることはありません。
このような場合、するのは「おとりなし」です。
仲裁ですね。
もしも、B神社の眷属が怒りを収めない、延々と怒り続ける、となっても、A神社の神様は怒ったりしません。
B神社の眷属には、眷属自身の意思があり、その考えを非難したり、否定したりすることはないのです。
ひたすらとりなすのみ、ですから、B神社の神様に間に入ってもらったり、B神社近くの大きな神様になだめてもらったりします。
眷属も神様系の存在です。
おとりなしをされれば「今回だけは許そう」となります。
このたとえ話で私がお伝えしたいのは、神仏は、相手(神仏、眷属)の意思を尊重する、ということです。
その相手が……こういう言い方はよくないのですが、あえて言わせてもらうと、格下であっても、です。
怒っていたら、「怒りを抑えてもらえぬか」というふうに交渉はしますが、「そこまで怒ればもういいだろう。どこまでこだわれば気がすむのか」というような、相手の意思を非難、否定することはありません。
というわけで、話は続きます。![]()











