「お守りを失くしました」「お守りを落としました」というメッセージがたまに届きます。
そして、そのあとには、「神様に謝りに行ったほうがいいのでしょうか?」という質問が続きます。
6年ほど前に、このような記事を書きました。
いきなり、お守りをつけていたバッグなどから、お守りがポロッと落ちたら、「気をつけたほうがいいですよ~」という記事です。
行く先に小さな「魔」の落とし穴があいているかもしれないし、運気のバランスが悪くてよくないことが起きやすい状態なのかもしれません。
それを知らせるために、お守りが落ちることもあるのです。
ぎゅっ! と気を引き締めることで、避けられるケースもあるので、警告をしてくれているというわけです。
この記事を書いてから6年、多くの神社仏閣に参拝し、お守りについて勉強を重ねてきました。
そしてわかったことは、お守りは、「役割を果たせなくなったら、みずから去る」ということです。
そのように設定されているのです。(神仏によって、です)
どういうことかと言いますと、お守りは神仏の波動で人間を守っています。
ある場所で、よくないものに取り憑かれそうになったとします。
よくないものは、「こいつに乗っかって不幸にしたら面白そうだ。ウケケ」と、不幸にしたい人間に近づきます。
しかし、近づいてみると、その人間はお守りを身につけています。
神仏の波動を身につけているため、よくないものは乗っかることができません。
「なんだ、人間の分際で! ムカつくー!」となったよくないものは、お守りを攻撃します。
攻撃といっても、直接さわることはできないので、よくないものは泥団子を作ります。(イメージしやすいよう表現しています)
低~~~~~い波動の、汚くてくさい、ドロドロした泥団子を作って、それをお守りに向かって「エイ! エイ!」と投げつけます。
泥団子がひとつ、ふたつ、と当たっていくうちに、お守りの波動が少しずつ減っていきます。
けれど、ゼロになることはありません。
神仏の波動を攻撃することで、よくないもの自身もだんだん疲弊していきます。
すると「乗っかるのは、別にお前じゃなくてもええねん!」とあきらめて、次を探しに行きます。
よくないものに乗っかられずにすんだので、人間は無事です。
けれど、攻撃されたお守りの波動は減ったままです。
極端に減ってしまうと、この先しっかりと守れない、ということで、お役ごめんとなるわけです。
目の前でバッグから落ちることもありますし、
気がついたらお守りがどこにもない! という感じで、サッと姿を消すこともあります。
どちらにしても、その人を守った結果、そうなっているわけです。
ここで冒頭の質問、「神様に謝りに行ったほうがいいのでしょうか?」に戻ります。
お守りを落としたり、失くしたりしたら、神仏に謝るのではありません。
「守っていただき、ありがとうございました」と、お礼を言うべきである、というのが、質問の答えです。![]()














