こんにちは、内科医 ひとちゃんです![]()
例年に比べ、悪天候の日が多かったような気がしたのですが、どうやら都内近郊の「桜」の時期は終わってしまったようです。
楽しみにしていただけに残念に思います。
鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての歌人・随筆家である吉田兼好(兼好法師)が作者である『徒然草(つれづれぐさ)』には、次のような文章があります。
「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」
桜は満開、月は満月だけを見るものだろうか(いや、そうではない)。散りゆく花や、雲に隠れる月にこそ趣(おもむき)がある
という訳になるのですが、彼はさらに次のように述べています。
咲く直前のつぼみの頃、あるいは散り果てた後の枝に思いを寄せるほうが、満開を愛でるよりもずっと味わい深い、と。
満開の花の下で酒を飲み騒ぐのは風流を解さぬ振る舞いであり、本当に心ある人は散りゆく花びらに名残を惜しみ、見えない月を想像して胸を満たすのだと説きます。
つまり「見えないもの」「不完全なもの」「失われゆくもの」にこそ想像力が働き、心の奥に深い情趣(あはれ)が生まれるという美意識なのだ・・・と説いて(といて)いるわけですね。
なるほどね・・・と納得しつつも、私は来年の桜に期待したいと思います。
皆さまの体調は、いかがでしょうか?
「NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)サプリ」などを摂取している・・・とか、「NAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)点滴」をしていると、とても調子がよい・・・などという話を聞くことが多くなっています。
「NMN」は、ビタミンB3から生成される、細胞のエネルギー産生と
若々しさを保つ「NAD+」の前駆体物質となりますね。
「NAD+」は、全細胞に存在し、エネルギー産生、サーチュイン遺伝子の活性化、「DNA修復」を担う(になう)補酵素であるとされています。
この「NAD+」は、加齢とともに減少し、40代でピーク時の約半分になるため、老化や代謝低下の一因とされていましたね。
今回は、「NAD+」が減少していくと・・・「DNA修復」の能力は低下していくわけですが、このことがヒトの健康にどのよう影響を及ぼすのか?・・・について、お話をしてみたいと思います。
ヒトの体を構成する約37兆個の細胞は、内因性および外因性の広範な「ゲノムストレス」に晒されて(さらされて)いると言われています。
「ゲノムストレス」には、どのようなものがあるか?・・・といいますと・・・
「紫外線」、「活性酸素種(ROS)」、「化学物質」、そしてDNA複製時のエラーにより、1細胞あたり1日平均5万から10万箇所ものDNA損傷が生じると推定されています(参考1)。
DNA損傷の数の多さに驚かれる方もいらっしゃるかもしれません。
こうした状況で、「NAD+」の低下が続きますと・・・
このことは。ゲノムの恒常性を維持する「DNA修復システム」の破綻は、変異の蓄積を招き、がん化、神経変性、そして個体老化を加速させると考えられているのですね。
(AIを用いて画像を作成)
では、「NAD+」はどのようなメカニズムにより損傷したDNAを修復していくのでしょうか?
「DNA修復」の初期応答において中核を担うのが、「PARP1(ポリADPリボースポリメラーゼ1)」であることが知られています。
DNAに傷がついた際、真っ先に駆けつけて修復を促進する重要な「センサー」の役割を果たしているわけですね。
「PARP1」はDNA切断部位を迅速に認識し、「NAD+」を基質として消費しながら、標的タンパク質へ「ポリADPリボース(PAR)鎖」というものを付加するわけです(PARylation)。
この「ポリADPリボース(PAR)鎖」が足場(scaffold)となり、各種修復因子が損傷部位へ集積することが知られています(参考2,3)。
上記のメカニズムがきちんと機能すれば、何も問題はないわけですが・・・
近年の「老化研究」における重要な知見は、加齢に伴う細胞内「NAD+」濃度の著明な低下であると報告されています(参考4)。
そして、この「NAD+」の枯渇(こかつ)が、「PARP1」や「サーチュイン」の活性を制限し、「DNA修復能」の減弱を引き起こす主要因であることが明らかになってきたというのですね。
NAD+低下 → SIRT1/PARP1活性不全 → DNA修復不全
上記のように「NAD+」の低下は、「元気がなくなる」とか「肥満」
になりやすくなる・・・などということばかりでなく、1細胞あたり
1日平均5万から10万箇所ものDNA損傷を残したまま、日々を生きる
ということになりますので・・・
これは「癌の発生」や「老化細胞」の増加につながっていく可能性が
高いということになるかもしれませんね。
素敵な1週間をお過ごし下さい![]()
それでは、また![]()
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<ブログ後記>4月14日
今回は、老化に伴って減少する「NAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)」についてお話をさせていただきました。
「NAD+」の低下により、疲れやすくなるといった生易しい(なまやさしい)問題ばかりではなく、1細胞あたり1日平均5万から10万箇所程度生じるとされる「DNA損傷」を修復できないまま、日々を過ごしていかなくてはならない・・・という重大な問題が生じてくるわけですね。
「NAD+」の性質をもう少し詳しく見てみたいと思います。
まず、「NAD+」は、組織ごとにプールされて存在することが分かっています。
しかしながら・・・もちろん、ヒトが生まれた時から「NAD⁺」は細胞内で常に消費されています。
それと同時に、「NAD⁺」の消費から生まれる分解産物を再利用して、効率よく「NAD+」を再合成する経路があるわけです。
これが「NAD+のサルベージ経路」ということになります。
これを示した図が、以下のようになります。
少し分かりにくいかもしれませんが・・・律速酵素である「NAMPT(ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ)」が
「ニコチンアミド(NAM)」を「NMN」に変換し、続いて「NMNAT(ニコチンアミドモノヌクレオチドアデニリルトランスフェラーゼ)」がNAD+を再合成することが知られています(参考5)
少しわかりやすくお話をしますと・・・私たちの体内では、「NAD+」を消費し、そのカスとして「NAM(ニコチンアミド)」が残ります。
これをそのまま捨てず、「NAMPT(ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ)」という酵素を使って再び「「ニコチンアミド(NAM)」」→「NMN」へと作り直し、さらに「NMNAT(ニコチンアミドモノヌクレオチドアデニリルトランスフェラーゼ)」という酵素
を用いて、「NAD+」を作るというわけですね。
「NAD+」を消費した後に残る「「NAM(ニコチンアミド)」を「リサイクル」して、再び「NAD+」を作るというメカニズムが存在するわけですね。
この「リサイクル」のメカニズムが「NAD+のサルベージ経路」ということになりますね。
実際に・・・ヒトの体内の「NAD+」の大部分(約90%以上)は、このリサイクルによって賄われ(まかなわれ)ています。
これにより、エネルギー代謝やシグナル伝達に必要な細胞内の「NAD+の恒常性」が保たれている・・・ことになりますね。
正確には「若い年代では・・・」という条件がつきます。
残念ながら、この経路で最も重要な酵素である「NAMPT(ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ)」の活性が、加齢とともに低下してしまうのですね。
「NAMPT」の活性の低下 →→→ リサイクル効率が落ちる→
結果として「NAD+」の減少 ということになるわけです。
さらに最近の知見では「NAD+」が「消費型酵素」の基質として、
とても、大量に消費されることが分かってきたわけです。
どのようなものが「NAD+」を大量に消費してしまうのでしょうか?
主要な「NAD+」消費酵素は以下の3群となります。
【1】PARPファミリー: DNA修復およびゲノム安定性維持。
【2.】サーチュイン(SIRT1-7): エピジェネティック制御および代謝調節。
【3】NAD+グリコヒドロラーゼ(CD38, CD157): NAD+分解およびカルシウムシグナル。
【1】は本文内でご紹介したものですね。
さらに興味深いことは・・・「NAD+低下」と「DNA修復障害」は、孤立した現象ではなく、相互に増幅し合う悪循環を形成するということが報告されています。
Chiniらは2024年のAging Cell誌総説で、この悪循環の全体像を以下のように整理しています(参考6)。
その内容を見てみますと・・・
まず、「代謝ストレス」や「DNA損傷」が「PARP1」を活性化し、「NAD+」が消費され、その量が低下します。
この「NAD+」の低下は「サーチュイン1(SIRT1)」活性を抑制し、DNA修復効率やクロマチン維持機能が低下します。
修復されない「DNA損傷」が蓄積すると、細胞は「p16」や「p21」といった細胞周期阻害因子を発現します。
細胞を分裂させるために働く「細胞周期」がストップしますと、「細胞老化(cellular senescence)」の状態になってしまいますよね。
「老化細胞」は、「SASP(老化関連分泌表現型)」という炎症性サイトカインなどを分泌して、周囲の免疫細胞やマクロファージの表面に「CD38」などの発現を促進(そくしん)します。
この「CD38」の増加は、組織全体の「NAD+」をさらに分解し、全体的な「NAD+」レベルを低下させます。
そして「NAD+」がさらに低下した状況では、「PARP1」および「サーチュイン1(SIRT1)」の機能をいっそう障害し、「DNA損傷」の蓄積と「老化細胞」の増加を加速させるということになります(参考7,8)。
この「悪循環」は組織レベルで進行し、臓器機能の低下、フレイル(虚弱)、加齢性疾患の発症につながっていくというわけです。
「心臓」においても、加齢に伴う「NAD+」量の低下が報告されており、心機能の加齢性変化との関連が指摘されているのですね
(参考9)。
では、最後に加齢により「NAD+のサルベージ経路」の機能が低下し、「NAD+」が低下し、「DNAの修復障害」が起こっている状況で
「NMNサプリ」と「NAD+点滴」は、どのような意味を持っているのでしょうか?
「 NMNサプリメント」服用の意味は、リサイクル工程の「ショートカット」であると言えます。
本来であれば、NAM →(NAMPT)→ NMN」というステップが必要ですが、
「NAMPT(ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ)」の能力は加齢で衰え(おとろえ)ていますよね。
「NMN」を直接摂取することで、衰えた「NAMPT」を飛ばして(ショートカットして)、その次の工程である「NMN → NAD+」へスムーズに進めることができます。
つまり、「NMNサプリ」のメリットとは、 細胞内での「NAD+」の合成を効率的にブーストでき、サーチュイン遺伝子の活性化やエネルギー代謝の改善が期待できるようになります。
一方で、「NAD+点滴」の意味は、外部からの「直接的なNAD+の大量補給」ということになります。
「NAD+点滴」は、「NMNサプリメント」とは異なるアプローチでNAD+レベルに働きかけます。
「NMNサプリ」は、消化管での代謝や、肝臓での「初回通過効果」を受けて、その効果には個人差が生じるとされていますが
「NAD+点滴」は、こうした影響を受けずに直接血中に「NAD+」そのものを送り込みます。 これにより、全身の組織や細胞へ迅速に「NAD+」を届けることを狙って(になって)います。
そのメリットは、 経口摂取よりも血中濃度を急激に高めることができ、脳の認知機能へのアプローチや、強い疲労感の回復などを目的として利用されます。
ここで、浮かんでくる疑問は、「老化細胞」を減らすことは周囲の免疫細胞の「CD38」を減らすことになりますので、「NAD+」の大量消費を改善することができるのでしょうか?
答えとしては、理論的には「YES(イエス)」であり、動物実験レベルでは支持するエビデンスが得られているということになります。
ただし、いくつかの重要な留意点があります。
まず、老化細胞→SASP→CD38→NAD+低下という因果経路が確立されています。
そして・・「老化細胞除去」が「NAD+レベル」を部分的に回復させるエビデンスがあります。
Kirkland らのNature Medicine総説(2022年)では、「老化細胞」がSASPを介してマクロファージ表面の「CD38」を活性化し
組織内の「NAD+レベル」を減少させること、そしてセノリティクス(老化細胞除去薬)が組織の「NAD+レベル」を部分的に回復させることが記載されています(参考10)
さて、あなたは「NAD+」の濃度を維持しなから、「老化細胞」を
除去できる日を待ちますか?![]()
それとも「老化細胞」を除去できる日がきて、その時に「NAD+」の濃度が増加するのを待ちますか?![]()
今回も最後までお付き合いいただき
誠にありがとうございました![]()
参考)
1)Mutagenesis. 2004 May;19(3):169-85.
Endogenous DNA damage in humans: a review of quantitative data
Rinne De Bontら
2)Cancer Res. 2012 Nov 1;72(21):5588-99.
Trapping of PARP1 and PARP2 by Clinical PARP Inhibitors
Junko Muraiら
3)Nat Commun. 2018 Feb 27;9(1):844.
NAD+ analog reveals PARP-1 substrate-blocking mechanism and allosteric communication from catalytic center to DNA-binding domains
Marie-Frabce Langelierら
4)Proc Natl Acad Sci U S A. 2015 Mar 3;112(9):2876-81.
In vivo NAD assay reveals the intracellular NAD contents and redox state in healthy human brain and their age dependences
Xiao-Hong Zhuら
5)Biochem Soc Trans. 2019 Feb 28;47(1):119-130.
Keeping the balance in NAD metabolism
Øyvind Strømlandら
6)Aging Cell. 2024 Jan;23(1):e13920.
NAD metabolism: Role in senescence regulation and aging
Claudia Christiano Silva Chiniら
7)Front Immunol . 2025 Jun 2:16:1579924.
Unveiling the role of NAD glycohydrolase CD38 in aging and age-related diseases: insights from bibliometric analysis and comprehensive review
Xianghui Zhaoら
8)Mol Biol Cell. 2019 Sep 15;30(20):2584-2597.
NAD+ consumption by PARP1 in response to DNA damage triggers metabolic shift critical for damaged cell survival
Michael M Murataら
9)Circulation. 2021 Nov 30;144(22):1795-1817.
NAD+ Metabolism in Cardiac Health, Aging, and Disease
Mahmoud Abdellatifら
10)Biochem Biophys Res Commun 2019 May 28;513(2):486-493.
The NADase CD38 is induced by factors secreted from senescent cells providing a potential link between senescence and age-related cellular NAD+ decline
Claudia Chiniら
(筆者撮影)
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小笠原 均 (Hitoshi Ogasawara)
医学博士, 内科医
(総合内科、リウマチ専門医)
(新潟大医学部卒)
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