こんにちは、内科医 ひとちゃんです![]()
最近の暖かさで桜は生長し、いよいよお花見シーズンに突入していきそうな気配ですね。
桜ばかりでなく、街でさまざまな花を見かけることも多くなりました。
"To plant a garden is to believe in tomorrow."
「庭に花を植えるということは、明日を信じるということである」
女優であり人道活動家でもあったオードリー・ヘプバーンの言葉です。
一粒の種を土に埋める。水をやり、日の光に託す。それは、まだ見ぬ未来に向けて信頼の手を差し伸べる行為です。花が咲くかどうかはわかりません。しかし、それでも種を蒔く(まく)。その行為そのものが、希望の表現であると解説がされています。
私たちの人生の日々も、そうした小さな種蒔きの連続であるのかもしれませんね。来月、来年、あるいは何年か先に花を咲かせる。
春はそのようなことを思い出させてくれる季節であるのかもしれませんね。
皆さまの体調は、いかがでしょうか?
今回「エピジェネティクス・クロック(エピジェネティック時計)」
について、お話をしてみようと思います。
「加齢(aging)」は、細胞・組織・臓器レベルにおける機能低下が、時間とともに蓄積(ちくせき)していくプロセスであり、がん、心血管疾患、神経変性疾患などの「加齢関連疾患」の最大のリスク因子であるとされています(参考1)。
ヒトの身体を構成する細胞のDNAには、「メチル基」と呼ばれる目印がついており、DNAのメチル化が低下すると、DNA→mRNAという遺伝子の「転写(てんしゃ)」が促進され、その逆にDNAのメチル化がが強くなると、この転写はストップされるわけです。
このようなDNAの配列に無関係に遺伝子の発現状態が変化するメカニズムを「エピジェネティクス」を呼ぶことは、以前のブログ内でもお話をさせていただきました。
近年、DNAメチル化パターンをもとにした「エピジェネティクス・クロック(エピジェネティック時計)」の開発により、
「暦年齢(chronological age)」とは異なる「生物学的年齢(biological age)」を定量的に評価することが可能となったと報告されています(参考2.3)。
ところで、加齢によるDNAのメチル化の状態は、どのようになっていくのでしょうか?少し詳しくお話をしておきたいと思います。
「DNAメチル化(DNA methylation)」とは、DNAを形づくる塩基のうち、「シトシン(C)」のピリミジン環5位にメチル基(−CH3)が付加される化学修飾を指します。
この修飾は主に「CpGジヌクレオチド部位(CpGモチーフ)」で生じ、遺伝子の発現調節に関与するわけです(参考4)。
加齢に伴いまして、ヒトのゲノム(DNA)全体では
「低メチル化(global hypomethylation)」が進行する一方、特定のプロモーター領域では「高メチル化(promoter hypermethylation)」が生じ、重要な遺伝子のサイレンシングが引き起こされることが分かっています(参考5)。
この変化は「エピジェネティック・ドリフト」と呼ばれ、ゲノム不安定性やミトコンドリア機能障害といった加齢の特徴(hallmarks of aging)と相互に作用し、老化の表現型を決定づけると考えられています(1,5)。
これは、若い頃は似ていた「DNAメチル化パターン」が、高齢になるにつれて個人間でバラバラになる(ドリフトする)ことを示している
とされています。
(参考文献より抜粋)
上記の図を見ていただくと横軸は、生まれた年から数える「暦の年齢」となりますが、これが同年齢であるとしても・・・
「エピジェネティクス・クロック(エピジェネティック時計)」を測定してみると・・・
「暦の年齢」とは異なり、「細胞レベル」での老化の進み具合、つまり、身体が実際にどれくらい老化しているか(=生物学的年齢) を数値で推定することができるというわけです。
この「暦の年齢と生物学的年齢のズレ」を「エイジギャップ」と呼びます。
(AIを用いて画像を作成)
最近の研究では、生物学的年齢が高いほど病気になりやすかったり、死亡リスクが上がることも明らかになってきました。
そのため、「エピジェネティクス・クロック(エピジェネティック時計)」は、「老化を客観的に測る新しいものさし」として、注目されているわけです。
「運動」や「食事改善」などの生活習慣介入によって、エピジェネティックな老化指標や代謝関連のメチル化異常が「部分的に巻き戻る/進行が遅くなる」ことを示す論文レベルのエビデンスは増えています。
例えば、前回の「内臓脂肪型肥満」のお話に関連づけるわけではありませんが・・・
肥満などに関わる「DNAメチル化」などは動的かつ可逆的であり、運動や減量、食事改善で「より正常なプロファイル」に近づきうると報告がされています(参考6,7)。
では、抗老化作用があるとされている「NMN ((ニコチンアミドモノヌクレオチド)」や「NAD+((ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)」、そして、「iPS細胞由来エクソソーム」などは、「エピジェネティクス・クロック(エピジェネティック時計)」に影響を与えるのでしょうか?
続きは、後日の話題にしたいと思います。
素敵な1週間をお過ごしください![]()
それでは、また![]()
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<ブログ後記>3月24日
今回は、実際の「暦年齢」ではなく、「生物学的年齢(biological age)」を示す「エピジェネティクス・クロック(時計)」のお話をさせていただきました。
本文内でもご紹介をしましたが、DNAの修飾「メチル化」のパターン
より、生物学的な年齢を示すものとなっています。
JTKクリニックでも「エピジェネティクス・クロック(時計)」の測定検査は行っています。
現時点では、さまざまな「抗老化医療」が多くの施設で施行されており、「エピジェネティクス・クロック(時計)」の測定のみを施行したいという方も、時にはいらっしゃいます。
しかしながら、注意をしなければいけないのは、「エピジェネティクス・クロック(時計)」に変化を及ぼさない「抗老化医療」も存在するという事実です。
いったい、どのようなことなのでしょうか?
例えば・・・「NAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)」は、点滴による投与が世界的に施行されているものです。
「NAD+」は、エネルギー代謝の中核を担う補酵素であり、「加齢」に伴いそのレベルは著明に低下していくことが知られています。
その主な要因として・・・「加齢」に伴い、DNA損傷が過剰になると「修復酵素PARP1」が活性化(PARP活性化)し、大量の「NAD+」を基質として消費することが知られています(ポリADPリボシル化)
(参考8)。
さらに「NAD+」分解が亢進→「 NAD+」枯渇 →ATP産生低下 →細胞のエネルギー危機→細胞死となることもあります(参考8.9)。
さらに「NAD+」レベルの低下は、ゲノム安定性を維持する「サーチュイン(SIRT1-7)」の活性低下を招き、広範な細胞機能不全を引き起こすことが報告されています(参考10)。
では「NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)」は、どうでしょうか?
「NMN」は、ビタミンB3から作られる体内の物質で、老化制御や長寿遺伝子(サーチュイン)を活性化するNAD+に変換される物質ですね。
マウスモデルにおいての話ですが・・・「NMN」補充は、ミトコンドリア機能を改善し、健康寿命を延長させることが示されています(参考11)。
ヒト臨床試験においても、高齢者の歩行速度や睡眠の質に対する改善効果が報告されていますが、心血管機能等への劇的な効果については依然として議論があります(参考12)。
こうした「NAD+」の点滴や「NMN」が「エピジェネティック・クロック(時計)」に影響を与えるのか?・・・と言いますと・・・
に関しては、「NAD+」点滴や「NMN」の単独投与によって既存の「エピジェネティック・クロック(時計)」が体系的に巻き戻る」という決定的な「エビデンス」はないとされています。
一方で、カロリー制限・運動・生活習慣介入は、「エピジェネティック・クロック(時計)」を明確に減速させうることがランダム化試験で示されています(参考13)
カロリー制限・運動・生活習慣介入などはNAD⁺代謝やサーチュイン活性に影響するため 、「NAD+」の点滴や「NMN」が「エピジェネティック・クロック(時計)」に関わる可能性は高いわけですが、
直接的な因果関係はまだ証明されていない・・・と言えるかもしれませんね。
最後に「iPS細胞由来エクソソーム」は、「エピジェネティック・クロック(時計)」を巻き戻す・・・つまり、、「生物学的年齢(biological age)」を若返らせるのか?・・・ということになりますね。
「iPS細胞(人工多能性幹細胞)」自体は、4つの転写因子(山中因子)の導入などにより、細胞を「リプログラミング」して作成されるものでしたね。
「リプログラミング」とは、すでに分化した細胞からこの固定化されたメチル化などの標識を消去して「未分化」の状態に戻し、体を構成するあらゆる種類の細胞に分化することができる多能性を持った幹細胞を作り出す現象のことでしたね。
この「リプログラミング」は「エピジェネティック・クロック(時計)」年齢をゼロにします。そして、細胞分裂によって短くなっていく
「テロメア」の長さも0歳(胎児)と同様の長さまで回復します。
しかしながら、どの細胞になればよいか?・・・が分からなくなる「細胞アイデンティティ」の喪失というリスクを伴うわけです。
そのため、一過性の「部分的リプログラミング」による若返り研究が進んでいるのだそうです(参考14)。
これに対して、「iPS細胞由来エクソソーム」は、リプログラミング因子の直接導入に伴うリスクを回避しつつ、細胞若返りシグナルを届けるセルフリー療法として期待されています。
残念ながら、現時点では・・・
iPS細胞由来エクソソームが「エピジェネティック・クロック(時計)」を若返らせる、またが、進行を遅らせるという決定的なヒトのデータは、現時点では存在しません。
ただし、「エピジェネティックな老化状態」に影響しうる間接的なメカニズムや前臨床データは十分に想定されています。
例えば、「老齢マウス」への投与実験により、齢マウスに「iPS細胞由来エクソソーム」を3ヶ月間静脈注射すると
- 大動脈リングの血管新生能が若齢マウスレベルまで回復
- 腎・皮膚・筋・肝・肺・脳・脾など多臓器でp53・p16発現が有意に低下
- 抗酸化能(TAOC)や骨髄細胞増殖も改善
が報告されています(参考15)
また、同時に若いマウスに投与してもp53/p16には大きな変化がなく、主に老齢個体の老化シグナルを下げる効果と解釈されています
(参考15)
また、「ヒトiPS由来エクソソーム」は、老化ヒト真皮線維芽細胞で
- SA‑β‑Gal活性低下(老化マーカー)
- p53/p21経路の発現低下
を起こし、増殖・遊走能を回復させることも報告されています(参考16)。
まとめると・・・現時点では「iPS細胞由来エクソソーム」が、エピジェネティクス・クロック(時計)」に直接、影響を与えたという論文はありません。
ただし、一般論として・・・
「iPS細胞由来エクソソーム」に搭載されたmiRNAが、受け手細胞のDNMT遺伝子などの活性を変え、プロモーターや広域のメチル化状態を改変しうる」ことは、実証されています(参考17,18) 。
以上のことから、直接的な証明はされていないものの、「iPS由来エクソソーム」のみが、「エピジェネティクス・クロック(時計)」を若返らせる可能性がある・・・ということになりますね。
軽い気持ちで始めた「エピジェネティクス・クロック(時計)」のお話が、なかなか、ヘビーなものになってしまいました![]()
今回も最後までお付き合いいただき
誠にありがとうございました![]()
参考)
1)Cell. 2023 Jan 19;186(2):243-278.
Hallmarks of aging: An expanding universe
Charlas López-Otín ら
2)Genome Biol.. 2013;14(10):R115.
DNA methylation age of human tissues and cell types
Steve Horvath
3)Nat Rev Genet. 2018 Jun;19(6):371-384.
DNA methylation-based biomarkers and the epigenetic clock theory of ageing
Steve Horvathら
4)Pharmacol Ther. 2019 Mar:195:172-185. d
The role of DNA methylation in epigenetics of aging
Archana Unnikrishnanら
5)MedComm(2020). 2025 Sep 1;6(9):e70369.
Epigenetic Regulation of Aging and its Rejuvenation
Yongpan An.ら
6)Int J Mol Sci. 2022 Jan 25;23(3):1341.
An Overview of Epigenetics in Obesity: The Role of Lifestyle and Therapeutic Interventions
Abeer M Mahmoudら
7)J Nutr Biochem. 2018 Apr:54:1-10.
Epigenetic reprogramming in metabolic disorders: nutritional factors and beyond.
Zhiyong Chengら
8)PLos One. 2012;7(7):e42357.
Age-associated changes in oxidative stress and NAD+ metabolism in human tissue
Hassina Massudiら
9)Antoxid Redox signal.. 2018 Jun 20;28(18):1652-1668.
Nicotinamide Adenine Dinucleotide Metabolism and Neurodegeneration
Mariana Peharら
10)Trends Cell Biol. 2014 Aug;24(8):464-71.
NAD+ and sirtuins in aging and disease
Shin-ichiro Imaiら
11)Cell. 2013 Dec 19;155(7):1624-38.
Declining NAD(+) induces a pseudohypoxic state disrupting nuclear-mitochondrial communication during aging
Ana P Gomesら
12)Geroscience. 2023 Feb;45(1):29-43.
The efficacy and safety of β-nicotinamide mononucleotide (NMN) supplementation in healthy middle-aged adults: a randomized, multicenter, double-blind, placebo-controlled, parallel-group, dose-dependent clinical trial
Lin Yiら
13)Pharmacol Ther. 2019 Mar:195:172-185.
The role of DNA methylation in epigenetics of aging
Archana Unnikrishnanら
14)Aging(Albany NY). 2023 Jun 26;15(12):5854-5872.
iPSC-derived exosomes promote angiogenesis in naturally aged mice
Xingyu Liら
15)Nature. 2020 Dec;588(7836):124-129.
Reprogramming to recover youthful epigenetic information and restore vision
Yuancheng Luら
16)Int J Mol Sci. 2020 Jan 5;21(1):343.
Derivation of Cell-Engineered Nanovesicles from Human Induced Pluripotent Stem Cells and Their Protective Effect on the Senescence of Dermal Fibroblasts
Hyelim Leeら
17)Mol Cancer. 2019 Oct 27;18(1):148.
Exosomal miR-21 regulates the TETs/PTENp1/PTEN pathway to promote hepatocellular carcinoma growth
Liang-Qi Caoら
18)Cancer(Basal). 2020 Oct 11;12(10):2922.
Regulatory Mechanisms of Epigenetic miRNA Relationships in Human Cancer and Potential as Therapeutic Targets
K M Taufiqul Arifら
(筆者撮影)
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理事長・ 院長
小笠原 均 (Hitoshi Ogasawara)
医学博士, 内科医
(総合内科、リウマチ専門医)
(新潟大医学部卒)
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