前回の記事で、
「Youtubeに関連性ゼロの
おすすめ動画が急に紹介される」
事をチラッと書いたのですが、
「私も急に龍が如くの動画出てきた事あります」
「あのインドのシンクロムービー、
私も突然表示されたことあります!!!」
とコメントとメッセージに頂きました。笑
(同志達よ....!!!!
あの関連性0のおすすめ現象、一体なんなんだべなぁ
笑)
そんな最近の私のYoutube事情なのですが、
最近発売された
FF(ファイナルファンタジー)16の
エンディング曲が米津玄師様の
「月を見ていた」
って曲なのですが、
まぁ~~~~美しい曲でしてね、、、!
これこれこれこれこれこれこれ!!!!!!
(FF16の最後のシーンでこれ流れた時、
ちょっと泣いたぞワシは)
MVもあまりにも素敵で
何度も繰り返してみた翌日、
一番最初におすすめされていた動画は
セクシーコマンドー外伝
すごいよ!!マサルさんのOPでした
ど う し て ? ? ?
あとこれ久々に観て(観たんかい)
めっちゃ笑ったのですが、
0:58~ぐらいに歌ってるご本人が
急にご降臨されるんですよ。笑
(二次元のアニメの中に突然
三次元の人達が現れるから超びっくりするのよ)
なにやらOPの納期が間に合わず、
「主題歌歌ってるバンドのMVブチ込むしかねぇ」
つって急遽ねじ込む事になったそうです
(そんな事ある???????笑)
この主題曲はたぶん
30代以上の人であれば
必ず一度は耳にした事があるメロディーなはず、、!
一抹の懐かしさを覚える方は
久しぶりにちょっと↓観てくださいませ!!!笑
超久々に聴いたら
(あ、普通に歌うまいんだなぁ~~!!!)
ってちょっと感動してしまった、
どうもこんばんは私です~!
懐かしくて皆のコメント見たっけ、
「暗記シートみたいな背景で歌ってるの好き」
「途中からマイク無視して歌い出すの好き」
「制作費があったのか無かったのか、
ハイセンスなのかナンセンスなのか分からないけど好き」
みたいなコメントが多くて
すんごい笑いました(あと愛おしくなりました)
、、、さて![]()
![]()
今日はまずお知らせです。
この記事でも少し書いた通り
・7月14日(金)~7月18日(火)の間は
同じくアウトドア好きの兄と山籠もりしてくるため、
各種会議の対応やメールの返答が出来なくなります。
会議のお申込みの返答や
ご入金確認のお礼など、
お返事は19日以降順次お送りしますので、
少々お待ち頂く事をどうぞご了承くださいませ。
事前に少し書いていたせいか、
山に行く前にときっとお気遣いしてくださって
今たくさんの嬉しいご報告や
ご自愛会議後のメッセージを頂いております。
(頂く数が多いのと、
プライバシーな部分を載せられないため
全ての方は掲載できないのですが...)
皆さまいつも、
温かいお声をありがとうございます![]()
![]()
![]()
ちょっとどころじゃなくニヤついてしまったやで...!!笑
(改めて本当におめでとうございました![]()
)
精神的神輿と太鼓を鳴らしたくなるぐらいの
嬉しいご報告、私の方こそありがとうございました~!!♡![]()
すっきりした新しいスペースにお守り言葉があります。
もう大丈夫。そして、私が女神なのではなくて、
私に女神を見出せるあなたが女神なんです。本当に。
だってそれだけの愛を、
あなたは幼少期からずっと変わらず持っていましたもの。
何も謝らないで下さいね。
またいつでもお話を聴かせてください^^![]()
改めて私事ではありますが
明日から18日まで
しばらく音信不通になってしまいますが、
どうぞご了承頂きますよう
何卒よろしくお願い致します。
・
・
・
・
・
今日は、最後に。
確か前にブログでも書いた事あったかな??
私がたまに聴きたくなる曲を、
少しだけご紹介させてください。![]()
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過去記事に何度か書いていますが、
今からもう13年ぐらい前、
私が新卒の頃の話です。
その頃のわたしは、
営業のおっさんが5人、
新人の私が入社する事で
辞める形になったパートのおばちゃんが
分かりやすく苛めてくる職場に通っていました。
事務はそのおばちゃん一人だったので、
その人から仕事を引き継いで
早く覚えなきゃいけないのですが、
私が入る事で
自分は辞めなくてはいけなくなったので
そのおばちゃんからしたら、ね。
当然面白くない訳です。
まぁ~~~~~~~
(この”~”を800個ぐらい入れたいほど笑)
物凄く恐かったのですよね。
営業のおっさん達もその人を恐れていたので、
全員が見て見ぬフリや事なかれ主義で
遠目から状況を見ている感じでした。
同期も親しい先輩も事業所にはいない。
誰も話せる人がいない。
今日もただひたすら耐えて、
息の詰まりまくる一日が待っている。
ほったて小屋のような小さい会社だったので、
私は周りに本当に何も無い
工場地帯の中を毎朝一人で歩いて通勤していました。
(行きたくない)
(どうしよう、本当に会社に行きたくない)
憧れていた風通しの良い職場や
同期や新人歓迎会という言葉が消えて無くなり、
不機嫌な顔で私を睨むおばちゃんの顔が
脳裏に浮かぶと、胃が収縮する毎日だったのです。
その毎日の工場地帯の中で、
毎朝聴いていた曲、
ブルハーツの「人にやさしく」です。
私はその時
一番聞きたくなかった言葉は、
「頑張れ」です。
だって、もう、
(自分の中では、ですが)
めちゃくちゃ頑張っていたからです。
家に帰っても職場でとったメモを
読み返し、復習し、改善点を書き、
翌日にはちゃんと完遂できるように
自分がどう動いたらいいのかを
事前にシュミレーションしておく。
その人がいくら恐くても、
自分からは負けじと笑顔で返答し、
必ずお礼を言って、
無視されても挨拶をする。
おっさん達に
(あのおばちゃんが居なくなってから
私に彼女の文句言うんじゃなくて、
意見があるなら本人に直接言ってよ...!)
と腹立だしく思いながらも、
各営業先の情報を調べて
早く事務上のサポートが滞りなく出来るように、
日に日に業務メモが増えていきました。
だけど、
はっきりと自覚できたのは、
(明らかに頑張らなくちゃいけない状況なんだけど、頑張りたくない)
という気持ちでした。
というか、
頑張る対象先を、自分で選びたい。
今私が頑張って覚えようとしている事は
本音を言うと別に、
家に帰ってメモを見返して
ノートをまとめるまでして覚えたいほど、
正直そこまで興味も熱意もある事ではない。
自分で最終的に選んだ就職先とは言え、
どんどん自分の中に
(社会人ってこういう生活なんだ、
皆こうやって毎日を我慢してやり過ごしてるんだ)
って渇いていくような、
でも重苦しい気持ちが大きくなっていきました。
そんな当時、
なんとなく流行っていたのが
「頑張らなくていい」
というフレーズ、でした。
頑張って無理しているから
人生うまくいかないんだ、
だから、頑張らなくていいし
ありのまんまで、何もしなくていい。
こういうニュアンスの言葉に
確かに一瞬は心はホッとするのですが、
当時の私は、
その言葉「だけ」では、
その言葉を表面上なぞった”だけ”では
たぶん本質的ではない事が、
(なんとなくですが)分かっていたような気がするのです。
人に頑張れっては言われたくない。
そして別に頑張りたくもない。
でも「頑張らなくていい、
ありのまんまでいい」も、
その字面のまま「だけ」を
都合よく解釈してたら、
それはたぶん....何かが違う気がする。
こういう混沌とする気持ちを全て包括して
当時何故か通勤時に素直に聴けたのは、
甲本ヒロトが曲の中で発する
「がんばれ」だけでした。
・
・
・
「人にやさしく してもらえないんだね
僕が言ってやる でっかい声で言ってやる
ガンバレって言ってやる
聞こえるかい ガンバレ」
・
・
・
どうしてヒロトの
「がんばれ」だけは受け取れたのか。
たぶんそれは、
「がんばれ」って言葉そのもの、
その言葉自体の意味のまま、
受け取ってなかったからだと思うのです。
「がんばれ」って言葉のままだと
「もっと努力しろ」って意味だと
(凄く端的に言うなら)思うのだけど、
本当の「がんばれ」って、
見守ってるよ、とか
あなたがそこに居る事を分かってるよ、とか
あなたの息吹はちゃんとあるよ、とか
「自分が存在している事を大前提としている言葉」、
なんじゃないかと思うのです。
私は当時、
自分が無色透明な空気のような、
無力な無いものとして扱われているような
心持ちが少なからず、ありました。
(あるいは事務のおばちゃんの後継ぎとして、
彼女の機嫌が悪い時だけ空気のような存在となり
それ以外はとにかく早く仕事を覚えろと
従順な機械のような感じもありました)
そういう時に、
当たり前のように自分が生きている事を、
「自分が存在している」事実を
言うまでもなく当然のように大前提として
普通に伝えてくれる「がんばれ」は、
当時なんだかとても有難く、
また胸に響いていたのだと思います。
生きている。
ただそれだけの事が、
とても生き辛い世の中に感じる事、
ありますよね。
赤ちゃんや子どもの頃にはあった、
自分が存在しているだけで
喜ばれて、祝福されているような感覚。
それは大人になったら
確かに薄くなってしまう感覚だけど、
大人になっても
あまりにも積極的に、必要以上に
「何もしなくてもうまくいく♡」
「いるだけで可愛がられる♡」
「息してるだけで貢がれる♡」
みたいなキャッチ―な言葉に
万能感を感じ過ぎてしまうのなら。
それは本当はきっと、
「いるだけじゃ(生きてるだけじゃ)全然駄目だ」
って心のどこかでは、
実はそう思っているのかもしれません。
本当は大人になったって、
「自分の存在自体が喜ばれて、
受け入れられて、愛されて存在している」
権利は誰にも剥奪されませんし、
誰にも絶対に奪えません。
だけど代わりに、
自分が体感して血肉となった言葉や
今まで培ってきた感性や視点のようなものを、
誰かに還元したり
分け合ったり差し出したり
与え合っていくことも、
同時に物凄く重要な権利だと思うのです。
なぜ大人は
「何もしないで受け取る」だけじゃなくて、
「自分から与えていく」事が大事なのか?
それは、
「その人がこれからも存在していく事を大前提に観る」
というごくごく当たり前の事を
ちゃんと分かっている必要があるからではないか、と
(あくまで個人的に)思っています。
、、、とこんな事を考えていたら、
私がなぜよくお花の写真を撮って
ブログに載せたくなるのか、
なんとなく分かったような気がします。
それでは皆さま、
また山から帰ってきたら
ブログ書きますね!
蒸し暑いし
急に夕立ちもあるから、
各自水分補給しっかりして
熱中症には気を付けてくださいね![]()
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それでは皆さま全員、
どうぞ心地良い
夏の夕暮れをお過ごしください![]()
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