【不遇は遇の前兆】6262
守屋洋(ひろし)氏の心に響く言葉より…
《遇と不遇とは時なり》
(不遇は遇の「前兆」と思え)
荀子のこの言葉は、次のような孔子のエピソードから出ている。
孔子が弟子を引きつれて諸国を遊説していたときのことだ。
ある国で政争に巻きこまれ、食事にもありつけないまま、
弟子のひとり子路が、この状態に耐えかねて、「君子でも、
肝心なことは不遇な時の過ごし方だ」
どんな人にも、不遇の時期というのがある。
何をやっても上手くいかない。
やることなすこと裏目に出る。
こんなことばかり続くと、誰しも悲観的にならざるをえない。
しかし誰の人生にも、必ず遇の時が巡ってくる。
だから、あわてずさわがず、じっとその時が来るのを待てばよい。
逆に、遇の時には、何をやってもトントン拍子にいく。
ついてついて、つきまる。
しかし、いずれ不遇の時が来るのだから、
『中国古典「一日一話」』三笠書房
孔子は今から約2500年前に生まれた。
私生児として生まれたとも言われ、父母とも幼い頃亡くしている。
苦労の連続で、成人し、その過程で「徳のある世」
仕官らしきことができたのは50歳の頃だったという。
しかし、そこもすぐに追い出され、
73歳で亡くなるまで、孔子を召抱える諸侯はいなかったという。
不遇多き一生を過ごした孔子。
しかしながら現在では、釈迦、キリストと並んで、
論語は、孔子の死後、弟子達が孔子の言葉を書きとめたものだ。
孔子は、「人生は、時により、うまくいくこともあり、
必要以上に落胆することもないし、有頂天になることもない」
人生には、どうにもならないときがある。
小船に乗り、漕ぎ出したところ、風や潮目が変わり、
そんなときは、一旦港に入り、ジタバタせず、
若いときの失敗はキズにはならない。
人生にはひと休みの時があってもいい。
むしろ、血気盛んで順調な時こそ、謙虚さが必要だ。
人間にとって一番醜いことは、驕(おご)り高ぶり、
うまくいっている時は、気をつけていても、
幸も不幸も、福も 禍(わざわい)も、あわてず騒がず、淡々と受け止める。
《遇と不遇とは時なり》
「不遇は遇の前兆」という言葉を胸に刻みたい。
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