【 步步是道場 】6231

 

 

 

永井政之氏の心に響く言葉より…

 

 

《步步是道場(ほほこれどうじょう)》 

 

(素直な心さえあればどこでも学びの場) 

 

●修行は道場だけでするものではなく、日々の暮らし、言動のすべてが道場であり修行であるとする。

 

『維摩経(ゆいまきょう)』の ことばからきたもの『趙州録』。 

 

 

 

会社勤めをしながら、行き帰りの通勤電車内の勉強で司法試験に合格した人がいました。

 

携帯電話のメール機能だけを使って小説を書き上げ、新人賞を取った人がいました。 

 

夢を持っていても、場所や環境などいろいろな条件が自分に不利だからと言って(またはそれを言い訳にして)あきらめてしまう人が多いものです。 

 

 

この禅語のもとの話はこうです。

 

あるとき、閑静な修行の場を探していた修行僧が、街に向かおうとやってきた維摩居士(ゆいまこじ)に出会い、「あなたはどこから来たのですか」と訊くと、「道場から来たのだ」と返ってきました。

 

「えっ、その道場はどこにあるのですか」と訊きかけると、維摩居士はすかさず 「直心(じきしん)是道場」と答えました。

 

 

「まっすぐ素直な心を持っていれば、どんなところでも道場、すなわち修行の場である」と。 

 

修行の場はそれぞれの心の内にあるのだから、場所など関係ない、そのすることなすことの一歩一歩が仏法修行なのだということです

 

雑念を払い無心に打ち込めば、どんな条件にあっても自分を磨いたり夢に近づくことができるはずです。

 

 

ふっと心がかるくなる禅の言葉 (コスモ文庫)

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小林正観さんは、すべての存在は(人もできごとも)、自分の心を広げてくれる存在だという。

 

心を広げるとは、自分の許容量や寛容度を上げるということ。

 

すべてのできごとは、その人にとって、その時に必要な時期や場所で起こる。

 

 

病気や、事故、人間関係、結婚、入学、入社、転職、定年・・・。

 

色々なことが起きた時、そこで怒ったり、怒鳴ったり、手を上げたり、不機嫌になったり、しないこと。

 

それが、許容量や寛容度の高い人。

 

 

どんなことが起きても、ニコニコしながら「世の中にはそういうこともあるよね」とか、「そんな人もいるよね」と、「気にならない人」になること。

 

自分の価値観を押しつけないこと。

 

その存在をまるごと、受け容れること。

 

 

だからこそ、毎日の日々がすべて、自分を磨く「道場」。

 

 

「步步是道場」という言葉を胸に刻みたい。

 

 

 

 

ふっと心がかるくなる禅の言葉 (コスモ文庫) 

 

 

 

 

 

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